憂鬱に効くかもしれない5つのこと

ゆううつである。鬱(病)ではない。

時間に追われている訳ではないのにTO DOが進まない。自分の処理能力のなさに憂鬱になることが多い。

僕の場合は特にお金がないときと締め切り前と疲労が貯まっている場合に憂鬱になる。

そんなとき対処として意識している5つのことを書きたいと思う。 続きを読む

特許と著作権は本質に近づくか

特許法:抜本改正へ 技術「保護」から「促進」に
 特許庁は1959年の特許法制定以来、初めての抜本改正に乗り出した。現在の特許法は企業の研究開発成果などの保護を主な目的としているが、「革新的な技術の開発を促すための法律」との位置づけを明確にし、さまざまな改正を検討する。12年の改正法施行を目指す。



著作権者の了承不要、「二次利用」拡大を検討 文化庁
 文化庁は社会的に必要性が高ければ著作権者の了解を取らず音楽や文章などの二次利用ができるよう、「フェアユース(公正利用)」の規定を著作権法に盛り込む検討に乗り出す。規定ができると、インターネットの検索サービスなどが展開しやすくなる。早ければ2月末から文化審議会の法制問題小委員会で議論を始め、1年間かけて結論を出す予定。

 どこまでを「公正利用」とするか、権利者と利用者側の解釈に隔たりがあり、文化庁は難しいかじ取りを強いられそうだ。(07:00)



特許も著作権も「知的財産」という概念にまとめられて初めて抜本的な改正が行われる。プログラムも特許として認められるなど細かい変更はあったものの、その多くが権利の保護(おもに利益の保護)を目的に、その教育も多くが教条的なもの、学習者がネガティブな感情を持つモノであると報告されてきた。

真似すること自体なにも悪いことはないのに、この法律のおかげで不当な制限を強いられてきた事例も散見されるだろう。

基本的に情報は共有されるべきモノだし、特例として特許や著作権がある。文字通り「特別に」情報の帰属を所有することを「許される」権利である。(多分文章的に厳密ではないがイメージである)。

コカコーラやケンタッキーは特許をわざと取らず調理法を秘密にしている。情報は公開し新たな要素の追加や改良を加えることで社会や産業は発展する。情報共有のために情報を公開したインセンティブとして特許法は存在するわけで権利の保護はその表面でしかないし、競争でなく共に発展する事を目指してのルールであったはずだ。


 恩師の話で知ったのだが、この知的財産権の起源は農耕社会にあるという。
農耕社会における所有権概念の発生の基礎は、所有権者個人を保護することによって、まず社会構成員のそれぞれに農耕、農業投資へのインセンティブを与え、究極的にそれを通じて社会全体の農業生産の極大化をはかることにあった。また、農業社会が工業社会へと発展すると、特許権等の知的財産権が観念され、特許権者等の権利者個人を保護することによって、個別の社会構成員に発明等、新規テクノロジーへの投資のインセンティブを与え、究極的にそれを通じて社会全体の工業生産の極大化をはかることになった。このように考察をめぐらしていくと、近時脚光をあびている知的財産権概念も、基本的には、土地所有権概念とその構造はパラレルであって、同じ社会的な基礎を有していることがわかる。



 問題は「自分の手を加えず人の作ったモノでお金を稼ぐ」という行為だ。このアナロジーでいえば他人の畑でとれた野菜を売るようなモノである。
 農業のノウハウは共有すべきであるが、できあがった野菜を取るべきではない。
 海賊版やデッドコピーが無くなれば皆特許を取らず情報を公開するとは考えにくい。考えにくいが社会の発展は加速するだろう。
 宮台真司氏が言うように「これ以上資本主義が発展するにはみんながいい人になるしかない」という言葉が思い出される。

※どうやら平田先生のブログで誤解されていたようなので編集・追記しました。基本的に言いたいことは同じです。またご指摘いただければと思います。

蔭山英夫の言葉 その1

先日の記事を書いてから、「実際のとこどうなんだろう?」と思い以前買って読まずにいた蔭山先生の本を読んでいる。

学力の新しいルール」という3年以上前の本なのだがこれがまた面白い。
事例ではなくデータを用いて例えば生活習慣や政策などのあらゆる要素と学力との相関を示している。

いまだに「個性」とか「楽しい授業」とか大声で言ってる人たちはぜひ読むべきだ。

その中でいくつか印象的だった言葉を紹介する。

P.66「個性は苦しい努力の向こう側にしかない」より
 最も問題だったのは、個性尊重という概念の解釈と運用です。
もちろん個性を尊重するということは当然のことです。何も悪くはありません。しかし、能力の低さも個性のうちと理解されたことで、指導が迷走をはじめたのです。

(中略)

 この個性尊重の考えは、危険な考えに思えました。それで、よくこんなことを子供たちに言いました。
「笑いながらでもできるものは誰でもできるものだ。それを個性とは言わない。人がそう簡単にできないことができるから個性なのだ。つまり、個性は、苦しい努力の向こう側にしかない。だから苦しめ」



P.70「楽しいだけでは問題は解けない」より
 次に問題だったのは意欲と学力の相関関係です。
 これからの時代は、知識がの量は問題ではなく、意欲が問題だと言われました。私から言わせれば、これも現状分析がない典型的な対処療法でした。意欲がないのは、子供たちの生活習慣の崩れから来るものです。ですから、意欲を持たせるためには元気にしてやらなければなりません。また、意欲を持たせる学習指導上の工夫は、いろいろありますが、それを支えるのは基礎的な力です。ここがなけれが最初は良くてもやがて行き詰まります。

(中略)

 当たり前のことですが、意欲だ、知識の量だと抽象的な言葉で議論していると、とんでもないところへ結論が行ってしまうのです。
 詰め込みと言われようが、受験学力と言われようが、九九は覚えさせなければいけませんし、漢字はきちんと読み書きできるようにさせなければいけません。指導の仕方の上手下手以前に、まずきちんと指導しきらなければなりません。


数年前にこれほどわかりやすいデータと意見が述べられているのに今更大阪などの政策に反映されて、その表面だけみてワーワーわめいている僕ら一般人はまるでピエロだ。

よい講義ができてもよい教育ができたとは限らない

本日は自戒を込めて。

授業というのはいくつかの要素、もしくはフェーズからなる
教師の目線に立つならば
1.導入…本時の説明、目標の提示、動機付け(ARCSモデル)など
2.講義…基礎知識の提示・伝達、応答、確認など
3.指示…書き取り、読み取り、実験、生産的活動などをさせる
4.まとめ…要点の振り返り、評価(する/させる)
と言うのが一般的。

2と3は繰り返すことも多く、数学であれば知識を伝達して3.解いてみよう→2.解説→3.解いてみようという授業がベースではなかったか。


 授業中によい講義ができたと感じることがあるかもしれない。
 たとえば、自分の態度を見直すよう説教をしたり、コミュニケーションについて説いたり、勉強法を教えたり、教科を通じて道徳的な教訓を伝えたり、さまざまな講義を行ってきた。しかし、その場で学び手が良い反応を示したり、感銘を受けても、それが知識もしくは概念として定着→行動に反映されなければ意味がない。

 教科を好きになってほしいと満足度の高い授業を行う教師も最近は増えてきた。講義の質は研究の蓄積により確実に上がっている。一方で大事なのはその授業後のフォローではないか。
 好きになる→自分で繰り返す→定着→理解深化やあらたなモチベーションというループが回るからこそその授業を行う意味があって、楽しかったね、で終わり好きになる→知識の定着までのフェーズが進んでいるかを考えなければならない。

恩師から、詰め込み式教育の最大の問題は詰め込めていないことだったという指摘を聞いた。量から質へ、知識から活用へ、将来的にでもよい、これらが両輪として作用するよう教員は配慮をしなければならない。それができないのではその講義は学者のエゴだ。ゆとりから詰め込みに表面上変わったところでなにも解決せずまた無駄な20年(学習指導要領の改変)を繰り返し続けるだけだろう。

WINDOWS VISTAの裏技をいくつか紹介するよ-書評-ストレス・ゼロの快速パソコン術

書店で手にとって購入。既出のものもあるので取捨選択して試しながらやってみたが1時間程度で実践までできた。

最初に断っておくが本書は仕事などの作業を効率化するものであって、高速安定化についてのハック本ではない。

ハック本はWEBで散見するよりこのようにまとまったモノを一冊手元に置いておく方が便利だ。

中身をいくつかピックアップして紹介する。

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ネクタイ余っていませんか?

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MindsetWEB-未来の社会を創る 中学生の新しい学びの場


蔭山流が悪くない理由の補足

文字数が多かったため記事にあげます

>fly-higher さん
コメントありがとうございます。
確かに現場はアナログな人間は多いという現状はあるでしょう。方法論や技術継承の問題はありますが、教師・教職に自分たちを省みろと言っても聞かない現状が多々あります。また一般企業にも効率の悪い人間はいるでしょう。統計的に示されていない以上事例を挙げて全体を語るのは危険です。

1,競争原理が働かないこと(とくに公立校)
→学校は教師の王国です。学級王国と呼ばれるピラミッドの情報伝達が普通でした。「日本人のしつけは?」で紹介しましたが、問題は教員を責める人間が増えていること。
 国で考えればわかると思いますが、王様の権威がなくなれば治安が悪くなるし情報伝達も効率が悪くなり、学習効率が低下する。解決策として力で押さえつけようとするならば体罰禁止の風潮や子どもの管理・監視など、従来以上に労力がかかります。
 記事本文にも書いたとおり代替手段も見つからないし合ったとしても法律的にどうか、それを実現するためのモチベーションやインセンティブはどこから生まれるシステムになっているのか。

2,教員の(多忙かどうかではなく)多忙感
このデータに示されていますが、教員は多忙かどうかでなく、"多忙と感じている"事が重要です。例えば土日の部活は一日面倒を見て数百円の手当しか出ない現状。遠征でもしようものなら自腹です。会社であれば休日出勤にもそれなりの手当が出ます。家族に非難されようとも金と仕事の継続のためならやむを得ないでしょう。
 しかし、休日出勤や残業がマイナスである以上、使命感のある教員以外は、あいた時間があれば自己啓発より自分の時間、家族の時間を取る人の方が多いでしょう。
 日本の教育システムは使命感に支えられていると言っても過言ではありません。

3,成果とはなにか
→教育は産業ではありません。義務教育として人格の完成を促しなさい、知識としてはこれくらいわかるようにしておきなさいと示されているだけです。どこにも高校に進学させよ、偏差値を上げよという事は書いてません。
 その一方で知識面での成果を出せ出せと周りが攻めても教員も児童生徒も息切れするだけです。知識力がほしいなら塾にでも行けばよいのです。
 そういう現状を続ける限り、開き直るか鬱病に陥るか、打開策となる仕組みや技術を持てるのは2割程度だと思ってください。
 教員の鬱率も増えています。疲労感は一般企業の3倍程度だそうです。
http://www.welllink.co.jp/press/files/kyoin_summary_2008-10.pdf
http://jyoushiki.blog43.fc2.com/blog-entry-733.html

4,インセンティブどころか使えるお金も少ない
人数の多い学校や私立でもない限り、教材費・設備費は満足行くものではありません。理科教員などは自腹を切るのも当たり前です。現在教育環境の充実を訴えるべく多くの学者が調査に乗り出しています。データとして示すことができれば何か変わるかもしれないからです。

 教育界がほしがっているのは叱咤激励や競争を煽る言葉ではありません、具体的なサポートとお金です。
研究をされるか、知事になるか、ふるさと納税でもしていただかない限り言葉では教育は悪い方向にしか変わらないシステムであることを理解していただければと思います

蔭山式が悪くない4つの理由-書評-「教えて考えさせる授業」を創る

年始めから少々刺激的な記事が並んでいる
国民が教育を考える年
「漢字は詰め込みが一番」

「理想は、棚上げ、結果を作れ」、

「目的のために手段を選ぶな」

などの話を、教育委員である蔭山氏がしたとことの報道です。

とあるが実はこれは誰も悪くない。みんながみんな違う方向を向いて叫んでいるだけである。

今回の参考書は以下。

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私立中学はどこへ行くのか-書評-名門中学の作り方

非常にまとまった構成でありながら、私立中学の紹介・分析だけでなく啓発的要素もかいま見える。

本書を読むにあたって、私学人は試されていると思っていい。

教育に対して今のままじゃダメだと思いながら打開策が見つからない人は本書を読むとよい。"教育はこうあるべきだ"の答えがバシッと示してある。しかも答えは一つではない。最適解・ロールモデルの宝庫だ。

日本の教育はまだまだ速度を維持したまま向上し続けることを確信するだろう。


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大学は生き残るのか-書評-最高学府はバカだらけ

本書を学士会館で読んだのは自分くらいのもんだろうと思う。

多少の煽りを抜けば、現在の大学事情を進学率以外でもっともよく表した一冊かもしれない。

良くも悪くも著者にしか欠けないであろう一冊に仕上がっている。

でも統計と事例のバランス悪すぎ。


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宮台流「THE LAST LECTURE」-書評-14歳からの社会学

半年ほど発売が延期してついこの間手に入れた。

著者の人格や言論を否定するわけでもないけれど、本書を学級文庫におこうという気にはなれなかった。

数週間前によんだわりに感想がまとまらない。


それにしても、ろくな書評がねえなぁ!! 続きを読む

日本のしつけはよくなっている? -書評-日本人のしつけは衰退したか-

今夏に読んだ本の中でも最高傑作だったので紹介したい。

1999年に書かれた本であるが、未だ色あせていない。

丁寧に文献をまとめ上げ、事例だけでなく統計を用いて誰もが納得できる一冊。

日々叫ばれる俗流若者論のごとくノスタルジーに浸り若者をハイリスクな集団としても誰も得しないどころか若者が傷つく。次は誰がこのような若者を育てたかという責任のなすり合いとなる。

書評では触れないがそこら辺の原因についても言及されている。つべこべ言わず目を通してほしい。教育の何が変わり何が問題なのかがそこに明示してある。

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知識以上に大事な力を-書評-ロボットが教室にやってくる

 先日、初めて主催した中学生向けのロボットコンテストが無事終了した。

 競技ルールや運営など、大幅に中学生に権限を与え、自分たちのイベントと意識して取り組むこと・ロボットだけでなく祭りをつくることをコンセプトとし、当日まで準備不足や打ち合わせ不足の状況であったが、盛大に盛り上がる大会となった。

 一方で教員の負担や廃材の量、イベントの円滑な運営など課題点・反省点は多々見つかった。改善すべくロボットコンテストの意義などを問い直さなければと考えていたとき本書に出会った。


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僕らを取り巻く息苦しさと・・・ 書評-カーニヴァル化する社会-

パネェ怪著。


2005年第一刷、手元にあるのは2007年の第六刷だが、内容として全く色あせていない。

気鋭の社会学者「ニート」問題の本質をシャープに読み解く

なんてオビは全く無意味。そんな内容は本書において中心的には書かれていない。
現代の病理とも呼べる構造、現状分析など、非常に質が高い。鈴木謙介がなぜカリスマパーソナリティなのかがわかる一冊。


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未成年が利用するケータイサイト-書評-ケータイ世界の子どもたち

12歳からのインターネットと一緒に参考にした書籍。

改めて読み直してみたが、心理学や教育学だけでなく、データや現状、参考文献や資料など、押さえるところを押さえているうえ、世論的な「暴力表現は悪い」「性表現は有害だ」といった親父的小言までを見事に網羅して、バランスがとれている一冊。

併せて今の中学生たちがどのようなサイトを使っているか、調べた範囲で紹介したい。

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道具が自分のために何をしてくれるものなのかを自覚した上でふれていく -書評-12歳からのインターネット

現場としては、こんな本を待っていた。

中学生を対象にメディアリテラシーを教えるとき、大いに参考にさせてもらった。

荻上流メディアリテラシー、メールの作法、荒らしへの対応の仕方、オレンジの袋文字。書いてある内容自体は当たり前のことなのだが、名言集と呼べるほど見所は非常に多い。

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perfumeのダンスを責める理由がただの俗流若者論

戸田恵梨香よりむしろPerfumeの踊りの方がきつい
Perfumeのダンスはなぜ物足りないか
これはいい考察!
私が期待していたのはそのような意見ではありません
つまりまとめると、

ほとんど静止するということがない
リズムが感じられない
緩急がない
手足に神経が行き届いていない
というところですね。ええっと、私が期待していたのは、「ここのこういう振りが難しいように見えて簡単」だとか、そういうダンスについての技術的詳細なのですが……。このような抽象的かつ精神論的な意見だけでは納得しかねるものがあります。



僕自身もダンスインストラクター・イベンターをして多くのダンサーを見てきました。その歴史的な観点から見てみればわかるのではないかと思います。
 結論から言うと彼女たちのダンスは系統的な価値観を踏襲しているし、振り付けは簡単だけど技術的にはすごいものを持っているよというお話です。
 あまりジャンルやアーティストなどの固有名詞を出すとごちゃごちゃするのでこれでも控えめに書きました。 続きを読む

はてなもヤンキーも同じに見えてきた

おたく、ヤンキー、ブロガー、2ちゃんねら。

そこにいる若者たちがすべて同じように見えてきた。

そこに見えるものは「自分の小さなコミュニティに文化をつくり共有したい」という幸福追求のロールモデルである。 続きを読む

学歴で切ろうとしてるから見えてこないんじゃなかろうか

何でもかんでも社会構造と教育のせいにしたい!!っていうのが3日前の僕だったので書く気もなかったのでかいてみよう。

というか何でもかんでも教育のせいにしちゃダメ。

経緯は
なぜ学歴が問題なのか(色々とまとめてみた) - 院生兼務取締役の独り言

あたり参照。論点をまとめる力はさすが京大生。

吐き捨てるように思ったことを書いてみた。 続きを読む

今不足しているのは教育の評価方法

【教育】 「ゆとり教育を導入したころから、日本の教育は悪くなった」…米カーティス博士★2
★「ゆとり教育を導入したころから日本の教育は悪くなった」

・日本の政治の特異性を米国の政治学者の目から分析した著書などで知られる
 米コロンビア大学政治学教授で早稲田大学客員教授のジェラルド・カーティス博士は
 2008年7月15日、東京・内幸町の日本記者クラブ会議室で現在の日本の教育のあり方を
 こう分析した。
 「ゆとり教育で日本の義務教育の水準は低くなり、日本の大学は勉強してもしなくても
 評価は同じという深刻な問題を引き起こした」という。


反応のステレオタイプさにはいい加減うんざりするのだが、本質的な部分でもう少し知っておかなければならないところがある。むしろ大学の教育の中にこそ問題がある。印象論的だが書いておこうと思う。 続きを読む
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