BLOGを始めて一度もプライベートを書いたことが無かったので書き留めておこうと思います。

先日三重で地震がありました。

思ったのですが地震を起こすパニックの元になるのは

揺れでなくあの音ではないでしょうか。

地鳴りが「ゴゴゴ・・・」と起こる音は耐震構造の建物でさえ不安になります

今日はシャガール展を見に県立美術館へ行ってきました。

シャガール展の他に常設展と柳原義達記念館も展示してありました


マルク・シャガール(1887-1985)が亡くなってもう20年弱になります。

僕と入れ違いで無くなり生まれた彼を僕は今日まで知りませんでした。

数々の戦争をくぐり抜けてきたユダヤ人の彼の描いた絵の中には多くのファンタジーや平和・愛の象徴とそれをその裏に平和への主張、そして亡き妻への依存が画されているように感じました。

タッチとしては絵本の挿絵のような、ぼやけていてなおかつメルヘンな印象を受けました。カンバスと挿絵と油絵が少々。

隣で鑑賞していた二人が

「この人キット甘えん坊だよ、殆どの作品が寄り添ってなかった?」

と会話しているのを聞いてはっとしました。

多くの作品で男女が寄り添っているのです。

館内の説明書きによると恋人、妻の様子を書いた作品が多いらしく

溺愛の様子がうかがわれます。

また美術学校の校長なども務めたらしいのですが他の教師と折り合いが付かなかったらしく辞めています。

詳細は美術館に行ってほしいのですが1つ。

最後に油絵の部屋と本の挿絵の部屋がありました。

油絵には雪の積もった街に緑色のロバや大きな鳥が飛んでいました。

その隣の挿絵の部屋に入ってはっとしました。

挿絵は戦争を描いたもので、先ほど見た油絵の街と戦闘機が描かれていました。

反戦を、ファンタジックに例えて描くことで戦争に負けない希望を著していたのではないかと思います。

ファンタジックであったのは、もともとキュービズムという幾何学的な手法があわず、詩を愛した彼ならではの表現方法でもありました。

ぐるっと巡って最後にみた作品は「回想」と「彼女の回想」という作品名だったと思いますが。

色鮮やかに街や空や夕日や花が描かれていました。

両作品には花瓶が描かれていましたが

そこにどんな意図があるか、探ってみるのは野暮な気がしてくるくらい

寄り添った恋人達の絵がほほえんでいました。


次に常設展、比較的新しめな作品が多く、POPで分かりやすい印象を受けました。三重にちなんだ作品もありましたね。

柳原義達展。

ここは鴉と鳩と裸婦のスケッチと彫刻しかない不思議な空間でした。

年を追ってみてみると

ぼやけていた鴉が、どんどんきめ細かく大きく迫力のあるものに変わっていくのをこれは面白い、と見ていました。

羽に風がついているような印象でした。

裸婦像の背中に穴が空いていたのは何だったのでしょうか。

暇があれば鑑賞の文献などを探してみようと思います。



一年前の誕生日も一人で美術館巡りをしました。

美術作品は子供の頃書いた落書きのようにぱっと書いてぱっとできるものじゃありません。作っている間には多くの想いを張り巡らせるのでしょう。

「一筆には思想が詰まっている。作品は作家の目を通して書いたものだから。光のとらえ方1つすら違う」

その時美術教育コースの先生に教えてもらいました。

美術は文章でないため「読解」はできず、「鑑賞」のみ。

しかもそのとらえ方は人それぞれです。

しかし鑑賞の観点や判断基準などは多くの作品や文献に触れることにより得ることができると思います。

また近々足を運んで多くの視点をINPUTし、将来充実した鑑賞ができる大人になれたらと思います。