馬鹿にされることと見つけたり。。。
学校も6年目にもなると時間だけはあります。

なので後輩たちに対して、足りない脳ながらに相談に乗ろうと必死になっています。少しでも役に立てればと。

しかしながら本日

「解決のための代案を用意してほしいのに批判ばかりされる」

「批判だけはすごいけどなぁ。」

と後輩に指摘されました。

これには訳があってですね、

代案が生まれないわけではないのですよ。。確かに場合によってはそんな日もあるけど。

でも代案が出たからといってそれを理解・了承してもらうには論破して相手に通しても意味がない、説得して納得してもらわなければいけません。

そのため順を追って、指摘すべき点をあげ、ここはどうなの??と、まず気づきを促します。

つまづきって、コレステロールみたいなもので、ストレスがなくなればすーっと血が流れるごとく、一度気づけば解決に流れていくもんです。

結論から先に言ってしまうと、僕には話術力が足りないので、最後まで聞いてもらえない可能性があるし、途中で気づいて自分なりの代案が生まれればそれが一番。

ってなわけで僕が代案を言う前に、もともと能力がある後輩たちは気づいて代案を自分で用意できてしまうわけですね。そして自分の力で解決したから僕は必要なかったと。

話すときは知ってる限りコーチング技術を使います。


僕が馬鹿になればなるほどみんなの悩みが解決していくのですね。

頼れる先輩になりたい反面、馬鹿になる幸せがそこにはあるのです。