思うところがあったので二点メモ程度に

何でも楽しいという友人
http://anond.hatelabo.jp/20070823233243


努力すれば格差を乗り越えられる、なんて思いつかなかった
http://anond.hatelabo.jp/20070826235204
「どんな事でも楽しいよ。そりゃ最初から全部楽しいわけじゃないけど、どんな事でも、世界に一人はそれを楽しいと感じてる人がいるわけじゃん。どんなマイナースポーツでも、どんなマイナーな趣味でもさ。それだったら俺も楽しめるなって思うんだよ。楽しんでるその人がどういうところで楽しんでるのかって思いながら楽しいんだって軽く思いこみながらやってるとそのうちマジで楽しくなってくるし、楽しさがわかってくる。どういう所を楽しいと感じているのかってのが。基礎知識をある程度詰め込めば、それなりになんでも楽しくなるよ」

自分の造語なんだけれども

「嫌いは自分が相手を良く知らないから、苦手は相手が自分を良く知らないから」

と言う言葉がある。

知ることは楽しかったはずなんだよね。昔から。

どこで楽しくなくなったのかなぁって考えてたら記事のこんな一文

isologue(イソログ)[旅] 取締役会電話出席で考えた、日本人の脳とコミュニケーション
やはり、ビジュアルの情報が無いのは脳に負担がかかる感じがします。

そう、なんてことはない話なんですが、

この行き過ぎた脳の負担が原因なんじゃないかと思った次第。

言葉を含めて教材の与え方って重要だなぁと。

あとこれ。
格差の固定化って、だからたぶん、努力するための資本がないとかいうことだけじゃなくて、努力すれば格差を縮めたり、乗り越えたりできるかも、なんて本気で考えることができないような、

そういう環境の中で育つ、ってことでもあるんじゃないかなぁ、と。

貧乏でも実際なんとか大学には行けるけど、能力があろうがなかろうが大学進学なんてまるで想像の埒外、

という貧乏人の子だって結構いるんだよ。


元記事は荒れてるけど、結構核心をついていると思う。

貧乏って状況に限らず、自分はこのランクだからって、何か無意識の制限が人の能力を抑える。

特に大学って顕著。

偏差値いくつの大学だからきっとわからないとか、偏差値いくつの大学には敵わないとか。

でもそれは逃げの理由であって、低い偏差値から立派にそのランクに到達した人を僕は見てきた。

能力って伸びないと思われてるけど、実はどこまでも伸びてくもんで、貧乏もペシミズムも制約にしかなりえない。

そんな気構えで行かないと人生一回だしもったいない。

世の中をひっくり返すんじゃなくて、自分をひっくり返す意識が持てる。

そういう意味で僕は恵まれてるなぁとおもう。