山形氏のコンピュータ入門書。


相変わらずの山形節なんだけど、今回は少々暖かい。
詩的な科学の本というか、哲学する科学の本と言うか、コンピュータの気持ちを教えてくれる。
そして自分の生まれる前のコンピュータ事情がよくわかる。
多少コンピュータに触った経験さえあれば、中学生くらいにも分かりやすいので読んでおいて損はない。
今流行のアンプラグドコンピュータサイエンスにも通じる、本質の書いてある本であると思った。


新教養主義宣言のときは、別に知らないなら知らないでいいといっていたのに、

その山形氏が入門書を書いているというのは面白い。

内容は、パソコンの仕組みをまったく専門用語を使わずにアナロジーだけで伝えるもの。

「PCの画面に絵が表示されるのは、暗い部屋の中で女の子が一人、言われたとおりに色のついた石を並べているだけ。」

このシンプルかつ本質を突いた表現が気に入った。

逐次型処理とか、ドット表示だとかそういった言葉を使わず、そういったイメージを持たせる。

もちろん本書もネットで読める

この著作権に対しての公開の姿勢も山形氏の面白いところ。

精神的な部分では何度も言い尽くされた話ばかりではあったから、

本書の内容に今回は言及するつもりはないんだけれど、一つだけ。


文字コードの話である。


要約すると、パソコンでは字は文字コードで表示される。

いろんな国がいろんな文字コードを作ったら文字化けが起こる。

なら統一文字コードを作ったらどうかと言う話になる。

そこで略字とか旧字体・新字体を統一するかと言う仕様の問題が出てくる。

統一すると昔からの表記のよさが失われる=文化が壊れる/壊されるという主張が出てきた。

文化ってそんなにやわなものだろうか?

という話。

これは多いに考える必要がある。

憲法9条も、地球温暖化もそう。

何のために変化させて対応させるの?

という本質を考えなければならないはずだ。

そして変化しないと人間は対応できないのか、変化したら人間は対応できないのか。

地球温暖化を食い止めないと人は生きていけないかといえばそうでもないはずだ。

だって、地球なんかより何倍も気温の高い火星に住もうとしてたじゃない。

憲法9条の精神が貫かれてたからこそ戦争を(部分的には加担してたけど)6?70年間もせずにやって来れたじゃない。奇跡の国なんて呼ばれてたじゃない。

たしかに権利(もしくは利権)を手放すのはもったいない。それを理由にしてはシステムは自然と廃れていくだけ。

そういう意味でも本書は本質を突いていたと思う。