技術教育のすごいところは教育内容とその考え方が自分自身を見直す『型』として機能することだ。システム思考なんかはその最たるものなんじゃないかと思っている。

山脇与平によると「技術」には内側と外側の二面性があるという。

内側とは、純技術性(自然性)。物質性や規則性、許容性、動力性、制御性など。

外側とは、社会性。経済性や生産性、手段性や歴史性など。

技術とはなんだろうか。これも色々議論があったが、今は「生産のための道具」として解釈される。知的生産も含めればBLOGやはてぶなども技術となるだろう。

この考え型がどれだけ有用かを知ってほしい。
例えばBLOGの内側とは何だろう。これは簡単だろう、HTMLとCSSなどどんな言語で作られているか、コメントやリンクはどのようにどれだけ表示されるか、デザインテンプレートはいくつあるかなど、その性質そのものだ。

一方外側は例えば毎日のアクセス数だったり検索リンクへの反映しやすさだったり、バナー広告やアフィリエイトの収益性だったり、書き手の社会的地位だったり記事の分野だったり、どれだけ継続しているかだったり。

ぱっと考えてほしい、最初にBLOGを評価するときあなたはどちらを見るだろうか??

自分がBLOGを使うときは、BLOGの内側ばかりを見ていないだろうか。
他人のBLOGを読んでコメントしたりするときは、外側ばかりを見ていないだろうか。


(ここで注意してほしいのは、短期的に判断する場合は外側を、長期的に判断する場合は内側を見るということ。傾向としてそう見る事が多いというだけで、必ずどちらかに偏る訳ではない。)

同じ事が自分そのものにも言える。僕は仕事柄自分らしさを求める若い人たちと付き合うことが多いのだが、これは意識して伝えることだと思ったので書き留めておく。

"自分"にも内側と外側がある。内側は「内向的」だとか「痩せ型」だとか性格や身体的特徴ではないだろうか。それに対し外側は自分と外の世界との関係性。どこに所属しているか、どんな趣味があるか、どんな交友関係があるか、出身や親など。
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よく見てほしい。自分の内側はどうやって判断すべきか。

例えば自分はいつも映画を見ては泣くから"涙もろい"なんて簡単な判断で納得できるだろうか。他人にはご飯がおいしいだけで泣いてしまう人もいるかもしれない、恋人と会えるだけで泣いてしまう人もいるかもしれない。それらと比べてどう涙もろいと説明する事ができるか。

というよりむしろ、比べることでしか"涙もろい"事は説明できない。自分の内側の性質は全て外側と比較する事で決まる。自分らしさは他人を知らなければ語れない。

そして先程も言ったように、人は最初相手を判断するとき、ものの外側を見て判断する。これは外見という意味ではない。シンプルにいうとあなたの経歴があなたを物語る。あなたの外側が変われば、内側も変わる。中学校では優秀だったあなたが進学校に進学したとき、急に普通になった、なんて話も聞くとはないだろうか。人に法則性は適用しにくい。心理学などがそれに当たるが、それは傾向であって、絶対ではない。

 自分の内側ばかりを見て自分探しをしている君たちへ。その気持ちは間違っていないし理解できるのだが、方法が間違っている。自分自身を知りたければ、まず外の世界を知るといい。自分と外を比べるサンプルの絶対数が少ない奴は自分を個性的と勘違いするだろうし、頭のいいあなただからこそ自分よりすごいものを沢山知ってる。だからこそ自分らしさが見えずに悩む。

 沢山の人と関係を築け。多くの本や論文を読め。比べてみろ。そうしてあなたが他人と目に見えて違うなんて絶対的な特徴なんて無いって事に気付けばいい。遅くても速くても新車でも中古でも軽でもワゴンでも車が車であるように、アクセス数が多かろうと低かろうと言語が日本語だろうと英語だろうとBLOGがBLOGであるように、それでもあなたはあなたなんだよ。僕が僕であるように。