やっぱネガコメは自重するべき
いちいち瑣末な所に突っ込んでなんになる? これらのコメントは必ずしもネガコメとは言えないけども、枝葉末節を突っついていることには変わりない。

で、前から思ってたんだけど、なんでもかんでもネガコメって一緒くたにされているような気がするけど、「反論、異論」と「誹謗中傷」と「枝葉末節の揚げ足取り」の3つは区別するべきじゃないの? と私は思うのだが。


Yamadaさんの放ったエピソードが、引き出した1つの知恵と1つの疑問について
「自分ならこうは書かないのに」とか「あー、せっかくの記事に、なんでこういうこと書くかな、だいなしだよ」みたいにもし思ったとします。それって、前者は私の価値基準を他人様に押しつけて無意識のうちに自分の価値基準で他人様が動くことを期待している可能性があると思います。後者の場合は、ネガコメがつくことでオリジナルの記事の価値が目減りするように錯覚している可能性があると思います。


あー、さすがですジレンマの管理人さん。まとめとか的確すぎて好きです。おいらの結論は以下なんだけど思うところを少し。

WEB時代の倫理観より
一言で「受け入れること」だ。排他的に規制することによる解決より、受け入れにより解決することがどれだけ多くの物事を解決することか。皆それで幸せになる。

意外とこの枝葉末節を突く行為自体は悪くなかったりすると思います。細かい誤字脱字の指摘はありがたいし、こうしたら上手く語れるという指摘は学問的な視点からは大歓迎でしょう。

だいたい公に発表する原稿の添削なんかは基本的に場合を切り分けて、そういう「反論、異論」を繰り返し議論した上で、枝葉末節をきれいに治していきます。この枝葉を揃える行為こそ意外と一人じゃ出来ないもので手伝ってくれる事がなんとありがたいことか。

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ということで、中略して、きっと問題は「この部分が悪い!だから全体的にダメ!」って結論づけちゃう態度。受け入れない態度。

これが一番カチンと来ることなんじゃないかと思います。姑が嫁の掃除後に指でふすまをツーっとやって「これは何?」と指先の埃を見せるあのシーンが浮かびます。WEB上はもっと遠い関係の人でさえそういう事が出来る訳だから、そりゃイラッ!とも来ますよね。

受け入れることが大事って言ったけど、個人的に「イラッと」を示す行為は悪い事じゃないと思っています。だってそれで不快な人がいるって視点を持たないとネガコメした人は成長しないですもん。これは叱ると怒るの違いね。

んで今回考えたいのは情報発信者の目的と影響力。

(都合よく受信しない人もいるので)情報を発信している人のほとんどの目的が「自己実現」か「承認欲求」にあるんじゃないかと思っています。切り分けが難しいのですが、人の意見を否定してまで自分の意見を肯定したい人と他人の意見も受け入れたい人。

共感と否定によって自己の肯定感が得られるなんて話は承認欲求が話題になったときに100も語られてると思います。特に他の否定は自己正当化のため手段。だいたい無意識かもしれないですが、善意の押しつけや意見の否定、愚痴なども。

であれば自重を促す方法はコーチングでが有効です。なんでそこまで労力をさかなきゃいけないの、と思うかもしれませんが、そういうのであればネガコメを自重しろなんて唱えない事です。この主張自体がただの自己承認欲求になってしまうからです。

もしくはここで意図や目的が明確でないのにコメントしちゃうって、条件反射系ブロガーやコメンターの問題も出てきます。

んでもっても一つ要素があって、多分みんな意識しないんですけど、問題は影響力の部分。例えばBLOGが炎上する条件は、「影響力のある人」が強く「自己の肯定的な意見を押しつけるとき」と見る事ができないでしょうか。

アクセス数の少ない弱小ブロガーが間違っていても、突っ込みを入れる人は少ないし、突っ込まれてもそれでブロガー対応して終わりだと思います。わざわざトラックバックまで送って突っ込むような問題になることはほとんどない(たまにあるけどそれは文章力という影響力があるから)。

人が間違っていると思ったらそれが枝葉であれ大きな部分であれ、前提であれ正したくなるのが人情です。
炎上に限って言えばそこで「この部分が悪い!だから全体的にダメ!」って態度をお互いが取るからこじれるんですよね。お互いがお互いを肯定しようとして相手を否定するため話がややこしくなる。

BLOGの記事を書くのもコメントするのも、情報の取捨選択の基準は目的×影響力です。「取」はコメントだけでなく、コメントに対する反応も含みます。

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こんなイメージ。
あなたのBLOGやコメントによる情報発信はどこにありますでしょうか?ネガコメがついているとしたらこの目的×影響力を考えて表現を考える必要があります。アクセス数を見れば何となくわかるでしょう。

具体案としては、あまり役に立たないんですが、もしネガコメが嫌だったら突っ込んで欲しいところを記事中に書いておくしかないんじゃないかと思うのです。嫌であればプライベートモードでBLOGやブクマを書き続けるしかないでしょう。
もしくはコップ半分の水問題のように見方を変えてみる。「ネガコメはあるもの」だとして、「ポジコメがついたらラッキー」ですとか。

WEBが面白いのは大部分の善意と少しのいたずら心だと思っています。一度全てを受け入れてみてはどうでしょうか。