何が『常識の本』だ!!学校教育を終えたはずの自分からしても、目から鱗ばかりじゃないか!!

自分が最近うっすら考えていたことを見事に輪郭化し、かつ更に一歩進んだ知見を見せつけられました。

これじゃこれから内田先生を先生としてあがめるしかないじゃないか!!

 本書は内田樹先生による「ブログ・コンピ本」である。どこかで見たことある話題だと思ったら過去にこのBLOGでも言及した記事がちらほら、しかも加筆修正し掲載してある。

 最初からここまで丁寧に書いて欲しかったと言わざるを得ないほどの説得力と慈愛が詰まっている。

 BLOG記事を見ては、ここまで決めつけがひどいのはきっと年で頭が堅いせいか、等と思っていた軽薄な自分を許して欲しい。と言うと先生は「まあ、これくらいのことは常識の許容範囲内でしょう」とにこやかに微笑んで(本書P148)くれるに違いない。

 もう自分の中では崇拝の対象である。敬称として「先生」は外せない。

 何だろうかこの気持ち悪い僕のコメントは。気持ち悪いほどの高揚感。それほどまでに本書に会えた喜びは大きかった。大学生のうちに会えたことに感謝である。この春から新入生となる学生諸君は、生協に並べてあったから是非読んで欲しい。多分いい年の大人が読んだら「ふーん」で終わるかもしれないが。

 それでは本書の目次に合わせてに自分なりに言及していきたい。

まずタイトルの秀逸さ

 「ひとりでは生きられないのも芸のうち」。
なんだインパクトのあるタイトルは。この中身をちゃんと踏まえた上で人を引きつける。後輩が「おもしろそうですね!読み終わったら貸してくださいよ!早く読んでくださいよ!」としきりにせがんでくる。そう焦るなって、読み待ちより読み始めてからが長いから。中身が濃いくせに読みやすいから。思わず声に出して読みたくなるから。

?.非婚・少子化時代に
 前書きを含め、出だしから本当に先生はシニカルな表現がお上手である。「嫌みが無くていい」なんて書評があったがとんでもない!!この「嫌みがいい」のだ。
 少子化・家族・結婚・ファッション・教育について。
 一番最初の話題は「男の口説き方」。最初から笑わせてもらった。
それより、大事なことの一つめがここにまず書いてある。P50
社会的なふるまい方の根本原則はどんな場合も同じである。
 それは「世の中が全部『自分みたいな人間』ばかりになったときにでも愉快に生きていけるような生き方をする」ということである。


本書はこれについて、このあと延々と説教することになる。

?.働くということ
 働くことの意味について。日本人はなぜ働くのか?
 答えは「憲法に書いてあるからつべこべ言わず働け」だって。嘘つき。
この本全体を通して答えは書いてあるじゃないですか。
 この章で指摘している問題は、労働が自己表現・自己実現の手段となっていることです。教育者はこの問題を重く捉えるべきです。だって、現代の子どもの問題点、それは表現の仕方を知らないと言うこと。いじめだって、校内暴力事件だってネットによる犯行予告書き込みだって、すべて社会的には間違っていても、彼らにとっては自己表現の一種なのだ。思っていても表現できず、思ってもないことを表現させられる現代の教育は、やはりバランスが悪い。同様のことを?でも語っている。学校教育からキャリア教育まで、内容ではなくシステムや心のありようについてちゃんと語っている。ここで一番大事な部分はここ。P117?
人間の作る組織は「五人に一人がオーバーアチーブする」だけで回るように設計されているのである。
(中略)
そしてこの「五人に一人」も別に固定メンバーである必要はない。

 よく、学校のHPで「時代のリーダーとなる人材を育てる」と書いてある学校が多い。それは本当に注意した方がいい。この五人に一人になれる確立は意外と高いし、この本の通り分野を選ばなければリーダーにはいつでもなれるだろう。でもそれは、賞賛を受けるからリーダーなのではない。矢面に立ち5人分の責任を持って働くからこそリーダーなのだ。リーダーシップ教育とは、不条理に立たされる事を許容する力を育成することである。これは本書を通して一貫している主張だ(書いてないが)。実はリーダーにならない方が幸せになれるんじゃないかという気すらしてくる。個人的には本書に出てくるトリックスターのような人材こそ重要視されるべきだと考えているしそんな子どもたちを育てたいと思っている。この辺の話は、プレステVSwiiの構造に似てるかも。

?.メディアの語り口
 メディアリテラシーと表現・ブログについての言及も見られる。
先生の言うメディアリテラシーというのも面白い。
練れた読者は、メディアが誰をほめようとけなそうと、かならず割引をして情報の『補正』を行っている。
 その補正の適切さを「メディア・リテラシー」と呼ぶのである。<
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 これにつきる。が、これも実は教者の理論。情報が少ない事の方が意外と問題で、情報が少ないからこそ情報が偏り、そのような100%に近い確信を持つ人々が現れる。確かな情報なんて無い、って言う前提をちゃんと学校で教えないとね。ここでは相手がメディアに対してで、人間じゃないから皮肉たっぷりに書いてある。樹の果実のうまみが一番詰まった章かもね。


?.グローバル化時代のひずみ
 「お国柄」当ものがあるのかどうかはわからないが、ここではなるほど、と思わせる口調で面白い考察が書いてある。本人が言うように話半分で聞くのが得策だろうが、友人との話のネタとして使える部分でもあるだろう。
このあたりの話が先生の専攻科目らしいが(いつかの日記で本人は実は違うみたいな事言ってたような)得意分野だからかおちゃめな表記が目立つ。樹萌えにはたまらない部分。
 日本人が外国を語るのは、だいたいが日本を語りたいがためである。内田先生が外国を語ることで日本の何を見せたかったのかを考えてみる。が、私の結論は国がどうこうじゃなくて、適切な思考法が大事。特に
帰属すべき集団を選ぶときのたいせつな基準の一つは「サイズ」である。

この言葉が常々思っていたことと一致し一番じんと来たが、その話はまた別の機会に。


?.共同体の作法
 食、金、性、健康、戦争。少し大人向けの話だったかも。読み終えた後、健康サンダルのような痛みを感じた。僕は、食事に行ったとき勘定について、後輩達がごちゃごちゃ言うのが嫌いだ。割り勘で揉めるくらいなら出す。なんで嫌な気分になるのかと思ったら、なんだこんな所に答えが書いてあった。「お金は下品なもの」なのだ。言われて見て自分の中の無意識が意識として認知できた。
後はこの部分だけ紹介しておきたい。P223
 人間は社会的承認を受けて初めて人間になる。
だから、あなたが生きる上でもっともたいせつなのは「隣人があなたに向ける笑顔」なのである。


?.死と愛をめぐる考察
 死、自殺、愛について。考えさせられた。そんな重い意味ではなくて。
自分の体験を話しておくと、半年ほど前、付き合っていた子と別れた。その理由は「生活のスタイルが合わない、明日死ぬかもしれないから今を全力で生きたい。付き合っている暇はない」というものであった(本当はもっと長々と話し合いましたよ)。
 彼女はひとりで生きていた典型的な若者であった。
 僕は、この数年で友人や祖母や親戚が亡くなった。その人達の人生の一部を背負って生きているつもりだ。数年前までまったくなるつもりのなかった教育の仕事に携わろうと思ったのも、その友人の死からだ。もちろん仕事を選んだ責任を亡くなった友人に求めているのではなく、自分で選んだ判断材料の中で大きな部分を占めたと言う意味である。
 内田先生の言っている喪の儀礼や葬送儀礼とはそういうことだと思う。どこかで念仏は死者でなくその場に参列した人達に聞かせるものだという話を聞いた。そして参列者は死者を愛するのだ(これはオレ流の解釈ですが)。その真意は是非本書を読むか内田先生のBLOGで言及された記事を探して欲しい。
 あと本書の肝である名言を紹介しておく。P281
I cannnot live without you.
これは私たちが発することのできるもっとも純度の高い愛の言葉である。



全体を通して言ってることが突飛であることが多い。言ってることの信憑性を問いたいならちゃんとループしているか、ループを基準に考えてあるかを考えながら読むことをおすすめする。余計すごく感じるから。
ええ、続きはWEBで。