またまた後輩の書架から拝借。ここに来て僕の自分探しの旅はやっと一周した。

とりあえず記事を書くに当たってここの言及記事を全部読んだ。GOOGLE検索での数ページやトラバも一通り目を通した。途中IEが悲鳴を上げ画面が壊れた。こちらには夢をかなえるゾウの話も出ている。資料をまとめて本をまとめると言う作業はこれの何倍もつらいのだなと考えると泣けてきた。本書を読むより時間がかかったんじゃなかろうか。著者に大きな拍手。「自分探しが止まらない」さがしが止まらないが一息つきたい。
本書はブロガーとしても有名な速水 健朗氏による「自分探し」の問題点まとめ本。言っておくが本書は容赦無しに足下を崩す割にその対処方法はほとんど書かれていない。なので是非読んで欲しい。

書評記事を読むと、だいたい書いてあるのはこの8つのパターンだったろうか。
1.自分の経験を語る
2.自分なりの自己啓発論・社会論
3.自分なりの対処法
4.感想だけ
5.読まなければよかった
6.重箱の隅派
7.対処法を示せよ
8.オビがダメ


評判や書評は沢山出ているため、ここでは考察だけとする。

まずなぜ対処法が書かれていないかであるが、著者が「自分探し限界論」を書きたくなかったからであることは言うまでもない。

それを書いてしまうと本書が分析本でなく自己啓発書になってしまうこと。書の中でさんざん自己啓発の危険性を説き、終末思想のくだらなさを主張しておいて、同時に自己啓発に対する終末思想を表示したらただのネタにしかならないだろう。

次に我々はどうするべきか。

私は自己啓発を大いに進めるべきであると考える。
足下が崩れてからが本当の自己啓発の始まりである。そういう意味で、若いうちは周りに大きく迷惑をかけない程度にこけたらいい。痛い目を見ればそこがスタート地点となる。

自己啓発をやめろ、自己啓発をするなという意見ももっともだが、それは児童ポルノが犯罪を誘発するから禁止しろという理論と大して差がない。

大事なのは偏りをなるべく無くすことなのだ。

少年犯罪にせよ、有害なテレビ番組や本などのコンテンツに影響を受けたから規制しろという世論がかならず出てくるが、世の中に影響しないものなんて無い。ならば、中立・最適な判断が出来るように様々な意見や視点を得ることが重要となる。

自分探しをする若者は方法を知らないのだ。
若者は勉強の仕方を知らないのだ。それは今何千人の普通の若者に囲まれて暮らしている僕だからこそ断言したい。

自己啓発にもメリット・デメリットは存在する。であれば、自己啓発も一種の技術・道具として扱うべきである。
メリットとして、モチベーションが上がったり仕事の効率が上がったり、視点をずらすことで心の持ち用や無駄な争いを回避したり、自己啓発のメリットも折り合いながら生きる社会においてバカには出来ない。従来はこちらに偏りすぎていた。
デメリットとして、そこにつけ込む人がいるという事。搾取される構造があると言うこと。これも最低限知らなければならない。

本書はそういう役割としの中和剤としての役割を果たす。今まで数十冊読んできた本の大事な要素が適切に詰まっていた。

自分探しというが、これも今に始まったことではなく、「そもそも人間の本質とは何か?」という問いは紀元前から存在する(確か2500年前くらいのソクラテスかな?)。

まずここに答えが出ていないことから、人間の中の自分に対する答えなんて出るはずもない事を知らねばならない。

また「自分」はひとつではないことを知らねばならない。「自分」には多くの顔があって、それを適切に使い分けるからこそあなたは社会に受け入れられるのだ。

そういう意味で、私の答えは「自分を探すな、創れ」としたい。本当の自分なんていないのであれば創ってしまえばよい。自分の理想とする顔を作れ、それを演じきって見せろ。

自分探しをしている君たちへでも書いたとおり自分の内側と外側をとにかく考える。

「自分」の物質性、生物性、化学性、物理性、規則性、許容性、動力性、制御性等の内側。人間が何であるかは他の動物と比べて違うところを語ることでしか知り得ないはずだが、生物性についての言及は2件しかなかった。


「自分」の社会性、歴史性、経済性、生産性、哲学性、システム性など自分の外側。自分は社会と折り合っているから自分なんだと妥協しなきゃいけない点もあること。一つのパラメータで見ていてはとうてい何も見つかりはしない。

「何かが違う」という違和感を大切にすることは大事なことだ。そういう意味で考えれば、学者なんて皆「自分探し」を究極に追求した人たちでしかないのだから。