二週間以上前に読んだ本であるが、印象はタイトルのとおり。

むしろ考えるべきは行き過ぎた科学は一般の人を幸せにしないのである

内容そのものは非常に興味あるもので、ただ帯に短したすきに長し、これ一冊丸々ハードカバーの本にしちゃうべきだったのかなという部分はある。

本書は大阪大学の菊池誠氏と精神科医香山リカ氏の対談本。
菊池教授のkikulogは僕の愛読させてもらっているBLOGのひとつだ。

そもそも教育問題として盛り上がってきた「水からの伝言問題」について興味を持ったあたりからなのだが、さまざまな知見を与えてもらった。


本書では、思考の順序をメタ化したところで、スピリチュアルを信じる人も水からの伝言を信じる人も、憲法改正を支持する人も一緒だとするものだ。

これは非常に面白い知見で、何が足りないというと一言で言ってエビデンス(証拠)の信頼性なのだけど、要は「完全に信頼できなくても、なんとなく、しないよりまし」で行動を起こそうとする心理。これが問題であるという。

一見倫理的に見えるこの問題も、よくよくそういうシステムを作った資本主義の力が強い。たとえば本書で例示されていた効果がありもしない水を霊験あらたかといって売る「水商売」。実は、付加価値というものを科学者や技術者は作れないのだ。

考えてもみてほしい、普通の人なら、何もなしに空が飛べると信じていたほうが幸せだし、手からカメハメ波が出ると信じていたほうが楽しい。

しかし、そこに漬け込み利益を得ようとするやからもやはり出てくる。

真実を知らないと損をするが、真実を知らないと楽しい。そんなジレンマがそこにはある。

知らなくても損をしないよう守る社会を作るか、自分で真実を見極め身を守る社会を作るか。今の社会は損をしないこと、真実を知ることに重きを置いている。

そこに若干のすれ違いが生じている。

進みすぎた科学のせいで、「理解する教育」にばかり重きを置き、現在の理数教育は、内容を理解させるだけで一杯一杯である。「何かを生み出すこと」を伴わない科学は、誰も幸せにしない。現在の高度に発達した段階においては、である。

大人になって、嬉々として「あの時習った数学的思考が役に立った!」「あの時学んだ科学が役に立った!!」という人を、ほとんど見たことがない。有名なBブロガーとプログラマ位であろうか。

それをなくせと言うつもりはないが、現在では、「生み出す教育」を進めることでバランスを取り、クリエイターやマネージャとしての視点からの倫理観やバランス感覚を育成することが喫緊の課題ではないだろうか。