「バカ親、バカ教師にもほどがある」と一緒に買ったのだが、
予想外に面白かった。

東大問題をわかりやすくして悦に入るだけの本かと思いきや、立派な教育本である。

「できる」かはわからないが少なくとも私のような閃かない者でも「わかる」事ができた。


本書は田中メソッドの生みの親による教育観を綴った本である。

全6章中東大問題に触れているのは5?6の二章のみ。それまでは延々と数学観について語っているのだ。

塾でやっているやり方を紹介する、すなわち現代の学校の"普通の"授業で何が足りなくて、彼らが何を補足として語っているか、この話は非常に面白い視点であった。

行間を読めばわかる、省略せず弁k評する、一から丁寧に積み上げていけばわかる、といった数学系自己啓発の基本の話から、数学が得意な子どもがどこでつまづくか、閃く子がどこでつまづくかなど、著者の経験から面白い事例をいくつか用いて説明している。

たとえば「よく閃く子」とその子と仲よしで「数学を教えてもらっていた子」は、テストの点で言えばそんなにかわらなかったのだという。場合によって例外も多数あるだろうけど、うまくやれば、閃かずとも閃いた子と同じだけの数学的な力を持てるということだ。

いわれてみれば、というよりも、これは習慣の違いではないかと思う。セレンディピティが少ないと言うのは発想する習慣もさながら、情報を取り入れる習慣が少ないからの場合が多いのではないだろうか。閃く子と同じだけの情報量を取り入れていればいつの間にか思考の型が身につくのだろう。

また、「わかる」と「できる」という評価軸の違い。これも言われてみればあぁ、と言うものだったが、本書ではそれを大事にすべきだと言う。


本書で扱った東大の問題は二問。
3以上9999以下の奇数aで、a^2-aが10000で割り切れるものをすべて求めよ


あなたには解けるだろうか。


最後に、タイトルにもあるとおり、数学では大局的な見方を育てよと言う著者の主張には大きく納得した。

同時に、なぜ自分が勉強をするのかと言う大局的な見方を保護者も含めどれだけの人たちに伝えることができるだろうかと考えた。

勉強は自分のためにするものではない、自己満足は勉強をしなくてもできるものだ。元来、勉強は他人のためにやるものだ。

目的もなしに勉強ばかりを続け、本気でやりたい人の機会を奪うこと、受験と言うシステムでは良くある話である。特に経済格差による教育機会の均衡は崩れつつあると言う。機会を奪うのでなく、機会を作れる人間に自分はなれるだろうか。ここ十年の目標としたい。