ネガコメ、批判などで連日炎上、コメントスクラムが続き、じゃっかん普通になってきた感も見受けられるが、やはりいくつか考えておきたいことがある。

その批判したくなるブログを書いたのがあなたの大親友だったらどうだろうか。

そのブクマのネガコメが大親友からのものだったらどうしますか。
1.ネットのむこうには人間がいる
2日で人生が変わる「箱」の法則によると、あなたが他人を見るとき、2通りの状態があるという。

一つは他人を「人」としてみるとき、もう一つは「もの」として見るときだ。

現実の社会で人に憤りを覚えるとき、相手も自分と同じ感情を持った人間だと言うことを理解しているだろうか。

ネットの先にそのブログ記事やコメントを書いている人が見えているだろうか。

もしそのネガコメやネガ記事の対象が自分の大親友や家族であったら、相手はどんな受け取り方、反応を示すだろうか。

相手を人間としてみると言うことはそういうことだ。

ボタンを押したら答えるプログラムではない、感情があり合理性があり、判断の末に行動する主体がそこにいるのだ。

それを見ることができるかが重要だ。

2.情報リテラシー以前のリテラシー

子供の頃に「自分がしてほしくないことは人にするな」「自分がしてほしいことを人にしろ」と言う言葉を、誰もが習ったことがあると思う。

前者がキリスト教、後者が儒教の教えだったように記憶している。
前者が儒教、後者がキリスト教の教えであるようだ。(コメント欄でご指摘いただきました。ありがとうございます。)

昔小学校高学年の頃、自分がされても笑って許せることを友人にしたら怒られた記憶があることから、これらの言葉は完全ではない。もっと詳しく書いた記事もあった。

だが、基本である。世の中の8?9割は基本や法則で、残りは特例や例外でできている。僕の怒られた経験というのは、例外を知るよい機会であったのだ。

大事なのは「その行為をされたらいやな人がこれくらいの割合でいる」という視点を沢山持つことだろう。そのためには沢山人とふれあいぶつかり合って行かねばならないのだが、僕はこちら側でもmixiやブログで沢山の記事や意見に触れることでも、ある程度偏らないよう情報を集めているつもりではいる。

判断材料がそろったら行動に移すのは次の段階何だけど、当たり障りなく行動を行うには一つの重要な要素が存在する。

3.目的を共有する
行動の目的は様々で、ブログに特化した場合だけでも、

自分のほうを向いているもの、たとえば日常の記録、思考の整理やメモ、自己啓発、

他人の方をむいているもの、たとえば情報の共有、問題提供、流行・議論、アフィリエイト、政治的活動(≠政治活動)、ネタ記事などのエンターテイメントなどがある。

重要なのは、行動する前にそのブログの目的が何なのかを把握することだ。

知識を自慢して悦には入りたい人に対して"鼻を折るために"正しい知識を書き込んでも意味がない。もちろん社会的な影響力を考えて対処する必要があるが、多くは一般人だ。そこら辺の話は昔書いた

真実を追究したい人に対してこそ、正しい知識を書き込むことが重要。もっと言うと完全な正しいなんてないんだけどもね。最終的にいくつの視点を吸収するかって話に収束する。

だからほら、ネガコメ(にとれるような書き方)をしてもいい人を選ぶことが重要になってくる。アイドルブログにモラルがないて書き込んで炎上させても誰も得しないでしょ。

大親友につらい一言を言われても許せるのは信頼していると言うのもあるだろうが、なにより目的を共有しているからと言うのが大きいのではないだろうか。

4.自分のフィールドへ引き込む

あとは簡単である、
◎ブログを書く側は
 A.ブログや記事の目的を明記する
 B.反応がほしいのであればつっこみどころを用意しておく
 C.読む人間がいることを考えて書く
 D.読んでくれた人や言及した人と友達になる

◎コメントをする側の人間は
 A.ブログや記事の目的を確認する
 B.ブロガーの発言の影響力を考える。
 C.その行為(コメント)で誰が得するかを考える。
 D.フォローを忘れない

少しづつ譲り合えばいいだけなのだが、それは気づかせる以外に方法がないと言うのが現状。自己中心的に記事を書くブロガーも少なからず存在する。しかし悲観する必要はない。あなたがそうでないように、その行動が完全に自分のため、完全の人のためと言う人はそうはいないのだから。非生産的な殺伐さよりも生産的な馴れ合いを。