東大の5月祭のイベントとして教育フォーラムがあるというので参加してきた。
あいにくの曇り→雨の天気の中700人が入る講堂のイスが8割方埋まっていただろうか。

以下レポート
天気など関係なく、会場には年齢性別服装など様々な人々が集まっていた。
パネラーは、(以下HPより一部抜粋)
陰山英男(立命館大学教授・立命館小学校副校長兼任)
●清水たかみ(杉並区立和田中学校 地域本部事務局長)
鈴木寛(参議院議員)
高見のっぽ(俳優、作家、歌手)
長崎宏子(オリンピックスイマー)

であった。

内容は3部構成。
第1部 私と教育-子供と関わると言うこと-
第2部 ナナメの関係-「ドテラ」と「学校ボランティア」を通して-
第3部 みんなでつくる「教育」-今、私たちにできること-


と題されてトークが展開された。
覚えている範囲で要約する

◎第一部
・パネラーは蔭山氏、長崎氏、のっぽさん。
・のっぽさんは子供を「小さい人」と呼ぶ。「子供の視点」と言う言葉を使う大人は大学教授でも信用できない。
→大人も子供も本質は一緒であるということか。この点は非常に同意できる。
・蔭山氏は元々先生になる気はなかった
・のっぽさんは小さな子にお願いするとき一歩譲ってくれないかと本気で頼む
・人の見ていない真夜中の赤信号を渡るか
 →会場の若い学生が指名された。「渡る」との答えにのっぽさんは「それだと小さい人にお願いできない。ルールは守るものだと教えることができないのでは」と返した。個人的にはこの点に完全には同意しかねる。段階に応じてではあるが与えられたルールに固執する教条主義でなく、時と場合を判断する人格を育てるべき。もちろん小さな子供は別だ。のっぽさんのような「約束を守る聖人」のようなお手本となる人がいてこそ小さな子供は成長できるのだと思う。
・子供の成長力は大人より遙かにすごい。特定の大人が教え育て続けるという感覚には限界がある。
・長崎氏「子供が週一回の習い事に行きたくないと言った時どうするべきか?
子供が滑り台が怖いと言った時どうするべきか?」

◎第二部
・パネラーは清水氏と鈴木氏
・主にドテラと和田中の紹介。
・様子を紹介する映像。
・ナナメの関係
→親子や教師と生徒は縦の関係。同級生は横の関係。先輩や近所の人、親戚などはナナメの関係。こういう人たちに出会うことで子供たちは成長する。
※詳しくはバカ親、バカ教師にもほどがある
・昔は教育のプロ以外が登壇することは何事かという風潮があった。
・現在は教育振興基本計画と言うのがあり、社会で教育を仕様という風潮になっている。
・教育活動は上から法律で押しつけてやるものではない、各自治体が自主的にやってこそ意味がある。
・ドテラの見学者および協力者募集中。
・しゃべらなくてもそこにいるだけで子供が変わる。

◎第三部
・パネラー全員が登壇
・のっぽさんによる折り紙で☆の作り方を披露
・子供たちにできること。パネラーから一言づつ子供たちにできること「笑顔で接する」など。
・蔭山氏「少子化によりさらに子供が生きにくい社会ができている。教育の向上と言えば、教育者の教育技術や態度ばかりを改善しようと試みがちであるが、これからは子供たちのための社会を作らなければならない。政治だなんだで誰が悪者だと決めつける姿を子供は見て育つ。誰が悪いじゃなくみんなでいい方向を探す姿を見せないといけない」

といったあたりで話は落ち着いた。

学生代表のパネラーも大人数を目の前に若いのによくやっていたと思う。ただ、立場が進行役・聞き役であるのか、自分も主張する立場であるのか、そのバランスが悪かったように感じた。それは話を聞き足りないという不満に表れた。みんな蔭山氏たちの話を聞きたがっているはずだ。自分だったら聞き役に回るし、進行もパネラーに丸投げしたかもしれない。

教育の問題は、教育の専門家の意識と一般の人たちの意識、すなわち教育観の違いが大きすぎることである。これを埋めるためのこうしたフォーラムは活性化していくべきであろう。

ただいくつか気になった点もあったので記しておく。
・会場が電源が使えない教室であった。せっかくノートPCを持っていったが記録できず
・音響(マイクのハウリング)、プロジェクタの個数や光の強さ、照明など設備をうまく使いこなせていなかったように感じた。
・教育技術に対する話が全くなかった。せっかく蔭山氏など優れた教育実践者が集まったのにもったいない。
・主催する団体の発起人に技術教育に通じる人物がほとんどいないように感じた。たとえば教科内容一つとっても全教科バランスがとれないと有意義な話し合いはできない。特に赤信号を渡るかという話はひっかかったし、50年後は赤信号がない世界かもしれない。そんな世界に、通用する教育(すなわち教育の本質)とは何か、もっとこの部分を考える必要があるのではと思った。