[社会起業家]社会起業家シリーズ1 女。京大生の日記。
私はここ最近社会起業家関連の本、まだまだ少ないけど手当たりしだいに読んでみたのだ。

そして感じたのが、彼らを、起業とか企業とかビジネスという言葉で表現してしまうことへのとてつもない違和感。

私は社会企業のことを、、ボランタリー精神、社会変革の精神を有している人々が、目的を達成する近道としてあえて事業を行っている共同体として表現することはできないのか、という着想を得たのだ。



要約:起業家かっこよくない?

私たちが社会に貢献しなければならない理由 - 院生兼務取締役の独り言

これからの能力のある学生は、「社会のために働くんだ!」という熱い思いを自発的に持って行動するべきです。

社会に貢献することは当然の前提として、いかに効率的に社会に貢献するのか。これがこれからの課題となるでしょう。


要約:俺弁護士目指してるけど、人のために働ける人ってよくない?

僕は同世代としてこの二人が大好きだ。だからこそ考えたことがある。アントレプレナーシップを教える側として言及しておきたいことがあったので書いておく。
僕の友人にもベンチャーの社長がいて、彼は第一線でがんばっているIT社長だが、彼を否定する記事を書きたいわけではないことを先に述べておく。

1.起業家の廃業率
 いわゆる日本とアメリカなどのベンチャー企業の支援環境の違いはよく耳にされる。いわゆる出資先であるベンチャーキャピタルも、直感的ではなくより論理的な裏づけを求め審査しぎりぎりの投資で事業に出資する。

 このような愚痴はベンチャーの各方面で聞かれるし、実際にアカウンタビリティの伴わない会社にお金を出したくないと言うのは世の常だと思う。

ベンチャーの現状として中小企業白書というものがあり、指標の一つとして現在の中小企業のあり方が見て取れる。

「開業率」と「廃業率」で検索してもらえばわかるが、ここ数年では情報系企業ベンチャーのインターネット付随サービスが双方ともトップである

確実な統計は時間がなくて見つけられなかったが、100社起業したら3年後に残るのは10社とも3社とも言われる厳しい世界である。

2.大企業の貢献
 一方、高いモチベーションがあったとしても、世の中を一人で変えることは難しい。世の中を変えようと思う多くの人間は他人と協力するし、ぶっちゃけ力のあるものの近くに着いたほうがチャンスは多いのではないだろうか?

 起業をするにはモチベーション以外にも重箱の隅をつつくようなビジネスに対する最低限の需要と、他者にはない高い専門性を必要とする。もっと言うと、瞬発力だけで一時的な成功を収めた会社は多くある。

だが、事業の継続性という面で見ると起業と言うのは非常に不安定である。安定している状態と言う前提があるからこそ社会貢献と言うものは語りえるのである。

違和感を仕事にすると言う態度は非常に好感が持てる。だからこそ方法は慎重に選ぶべきだ。

3.生活規模と能力
 また、社会のために働くといっても、満足する規模と言うものが人には少なからず存在する。この部分で微妙な違和感を感じた。
 自分ひとりが満足すればいい人、自分の半径5メートル圏の人:例えば家族や友達などかかわりがある人を幸せにしたい人もいれば、まったくかかわりのない人まで幸せにしたい人もいる。しかもこの家族や友達の規模も一人ひとり違えば能力も違う。社会に貢献する義務があろうと意思があろうと自分ひとりでできることは限られている。

ならば、結論から言うと、社会的に影響力のある大企業に入って、ひたすら雑用をこなし、能力のある上司たちを説得し、上司たちが自分の願いどおりに貢献してくれるよう働きかけたほうが効率的ではないだろうか。

大企業は信用できないと言う声もあるかもしれない。だが、それはなんの根拠があり、ベンチャーとして働くのがいいと思うのはなぜなのだろうか?

 また現在、弁護士は今過剰供給の状態にあるという。

同時に医師不足の現状がある。id:fly-higherはしっかり自分の意見を納得できるように伝える力のある人だ。だから、弁護士になれたとしたらきっと活躍するだろう。

だが、あなたが医者にならないのはなぜなのか?

4.ヒーローになりたいだけなじゃないのか?
 二人に共通するだけでなく、僕らの世代に言えること。その一番典型が、『仕事はアートである』というイデオロギーである。(そしてこれはひとにもよるが、既存のものは魅力がないという暗黙の了解もないだろうか。)

 僕らは仕事を通してヒーローになりたい。いつか自分らしい仕事をする、自分の好きな仕事をする事が理想である。それが社会的に貢献できれば、それ程すばらしい事はない。そういう教育を受けてきた。
 確かにふと考えればそう思える。僕もそう考えていた。ただ、先ほど伝えた起業家のうち中90%は廃業に追い込まれる。その裏には、ベンチャーと言う情熱を食い物にされていると言う現状があるのだ。大人は大半の開業家、起業家に対し「がんばってるね、でも放置。」なのである。少なくとも現状は。

 そして会社が直接消費者とつながって仕事をすることもまれであり、例えば製造業者や仲介業者、広告など他社とかかわりが必要となる。そうして起業家が損した分は社会・そして会社が得する訳である。

 僕が梅田望夫氏を尊敬していてもモッチーの著作などのプロモーションを信用できない理由はそこにある。彼がITベンチャーブームを加速させた印象が非常に強い。

 起業する若者が増えれば技術力やアイデア、利益を搾取できる企業が増える可能性があるのだ。

5.言い訳としての起業家
 結局大企業は信用できない、起業は近道、と言う言葉は言い訳のように聞こえてしまう。"重箱の隅から変わる世の中"を実現させるのは相当のカリスマ性やコミュニケーション能力と技術力(発想力含)が必要となるのではないだろうか。

ただ言いたかったのは手続きをちゃんと踏むと言うこと。

僕にとって働くこと自体は楽しいが生きがいではない。

働くことを通して世界を変えること。これは起業家でなくてもできる。そうして僕の子どもや孫の世代が、もっと今よりいい環境でいい生活をしてほしいと思うし、自分に関わった人たちがより多くの人を幸せにしてほしいと思う。

人と関わろう。起業家はたかだか数人?十数人程度の規模からのスタート。だが、大企業はすでに何百人、何千人の人がいて、それぞれに能力に見合う仕事を通して理想を追い求めようとしている。どちらが効率的か、どちらがチャンスが多いか、もしくは最初から起業するよりノウハウを会得してからでも遅くないはずだ。

普通の企業に熱い想いはないの?ビジョンはないの?生きがいは求められないの?

猛進(妄信)しないでほしい。情熱だけで生き急がないでほしい。もっと話をしよう。くねくねしよう。

メリットとデメリットを直視して足場が崩れることで、はじめて新しいことに挑戦する価値は生まれるのだから。