丁寧にトラックバックとコメントありがとうございます。どうやら半分くらい同意見だった模様。話しかけてみるものですね。まとまっていない状態で意見を投げてしまい申し訳ありませんでした。

だとすればなおさら少し考えてみたいことがある。


続・私たちが社会に貢献しなければならない理由 - 院生兼務取締役の独り言
  • 社会の維持にはコストがかかるが、学生はそのコストを働き始めるまでは支払わずにいるのだから、働き始めてから、特に能力のある人は社会に還元するという意識を持たねばならない
  • 今の日本で成功した者に、社会に貢献することが当たり前という風潮がないことが問題
  • 今の格差社会はかなり危険。危機感を持って対応しないといけない
  • もし社会貢献事業をするのなら、ビジネスとしてやった方が範囲も効果も圧倒的に広がる


  • 非常にわかりやすくまとめていただいたし、返答いただいた中でも

    中小企業の社長にもっと必要なのは、対等に話せてかつ信頼できる相談相手です。中小企業では大抵社長がその会社の中で最も優秀な人材です。たとえ悩みがあってもなかなか社員には相談できませんし、もし相談したとしてもたいした答えは返ってきません。

    僕はエンジニアやコンサルタント、公認会計士といった様々な業種と提携し、日本の95%を占める中小企業に寄り添い、食い物にされるのを防ぎ、その成長を陰で支える法律事務所を作ろうと考えています。


    という使命感は本当に素晴らしい。本当に会って生で話したいと思った。

    だが、やはり、そこにあったマッチョ論に対して違和感を感じてしまったので少し語ってみたい。
    1.みんながヒーローになれるのか。
    「Q.ヒーローを目指すことは悪いことか」

     これは場合によると思っている。
     仕事の場では貢献しようとは思ってもヒーローになろうとは思うべきではないと思うのだ。プライベートでヒーローを目指すことの方が健全だ。
     「一人では生きられないのも芸のうち」では、労働を自己表現・自己実現の手段にすべきではないと言っているし、「自分探しが止まらない」ではヒーローを目指す人たちほど搾取されるシステムができつつあると言っている。

    仕事でヒーローになりたい人間ほど「才能論」や「ポテンシャル」と言うイデオロギーを信じ、無意味な自己啓発にはまり、他人が踏み出さない一歩を「他人は勇気がないんだ」と解釈し進むことで損をしていく。みんながヒーローになれるわけがない。そしてヒーローになろうとして失敗した人が搾取される。

    id:fly-higherさんが相手にしようとする中小企業の失敗の多くはこのヒーロー論にはまり失敗する部分ではないだろうかと思うのだ。食い物にされるのを防ぎたいのなら、まず過剰にヒーローや救世主であろうとすることを避けるよう伝えるべきだ。「自分ができること」ばかりを過剰に求めないこと。そこのバランスを考えたい。

    2.格差社会って何だろう?
    格差社会が危険と言うのはどういう意味だろうか。僕と同じように搾取される仕組みが危険と言っているのだろうか。

    文化系トークラジオ Life: サブカル・ニッポンの新自由主義を聞いてほしい。part.1の20:35あたりから、「格差社会は取りようによっては存在しないんじゃないか」という話をしている。

    日本人の9割が中流階級意識を持っていると一時期話題になった。一億層中流意識問題だ。

    格差社会を煽ると「自分は中流でよかった。」と叫んでいる中流階層がいて、その自称中流層が安心してヒーローを夢見ながら搾取される構造ができる。僕はそういう認識だ。

    3.現場から見ると
    むしろ日本人の奉仕心は異常。これは半分経験論で申し訳ないが、むしろみんな熱いモチベーションは持っている。特に若い人は。むしろ方法を知らないのだ。ブログや2chが盛況であり、なおかつ語られる大半の意見が的外れに感じるのもこのせいではないかと思う(僕のこのBLOG記事も含め)。

    前提としてこれを語るのを忘れていた。

    昨今のエコブームにもそれは見て取れるのではないだろうか。「自分ができることを少しでも」というモチベーションがその人たちを動かしている。一方で再生し100%やマイ箸運動など一見自然に良さそうな行動が余計環境を悪くしている場合もある。

    「あなたの会社の経営理念またはビジョンは何ですか?」
    「それはなぜか知っていますか?」
    「その理念を実現するためにあなたは何をしていますか?」

    位の質問なら若者に限って言えば就職活動している大半の若者が語れるし、それでも「だからなんだよ。会社はいったら"自分なりに"がんばってやる」という野心家も多いのではないかと思う。それこそ語られていた起業家精神と相性がいいものではないだろうか(ただ、多少僕の中でバイアスが入っているような気もする)。

    会社の雰囲気にもよるだろうが、そういう独立の野心を持ちながら働かれるというのは非常にばつが悪いのではないだろうか。ノウハウを盗まれるといずれ同業者として敵対するのではと言うジレンマが生まれる。

    それなら何も考えずに仕事をしている人の方が無害ではないかと言う意見もある思うのだ。

    言われるままにやっていることが、知らないうちに企業の上の人たちや企業への貢献になり、その企業が社会貢献的な企業であれば知らないうちに社会貢献できる。

    4.短期的な社会貢献、長期的な社会貢献
     社会貢献とは社会に体していいと思えることに自分なりにコミットすること。社会貢献という言葉も多種多様である。
     問題が起きて、それに対し場当たり的に対処すること。これは短期的な社会貢献といえる。
     ケータイの規制なんかがわかりやすいだろうか。短期的には社会の治安に対して有効な策であっても、長期的には教育を充実して行かなければ社会の毒になってしまう。

     ビジネスを通して短期的に困った人を助けることができても、長期的な視点から困った人を減らす仕組みができるかと言われたら疑問だ。


    5.本当に社会に貢献したければ大学教授か政治家になればいい。
     ビジネスでできることはある意味社会貢献の皮をかぶった洗脳である。多くの企業がCMを通してやり遂げてきた。本当の社会貢献を行って副次的な作用を持たず持続している企業はどれだけいるだろうか。
     本当に社会を変えたければ直接システムを変える権利を持つ政治家か、その裏付けとなるデータをつくる研究職に就くべきだ。研究職こそ、実は能力が無くても地道に積み重ねていけばできる仕事ではないかと思っている。

     弁護士の細かい仕事分けはわからないので一般化できるかはわからないが、弁護士のジレンマは、困る人が減ると仕事が無くなってしまう。だからこそそういう視点からビジネスの有り様を考えてほしいという部分がある。

     学生はそういう社会貢献論とヒーロー主義に知らず知らずのうちに脅迫され成功すれば社会が喜び、失敗すれば搾取。そんなイデオロギー構造ができあがっているのではないかと思うのだ。
     
    大事なのは自分の得意なフィールドを通して違和感を追求していくことだと思う。その方法を起業にばかり焦点を当てて求めるべきではない。起業は決して近道でもなければ長期的でもない。そして成功できる方法を知っている時点でマッチョ論的になってしまう。
     長期的に社会貢献を考えるなら起業を過剰に煽るべきでは無いと思うのだ。

    6.まとめ
  • みんな実はヒーローを夢見て役に立ちたがってるけど方法を知らないんじゃないの?
  • そこで起業を過剰に煽ると起業に失敗しても成功しても大手の会社はおいしい思いするよね。
  • 最終的に社会に大きく影響を与えたいなら政治家か研究者になるべきだけど誰も声を大にして言わないよね。

  • と思ったら同じようなこともっと短く簡潔にわかりやすくfisherman氏がコメント欄で書いてるよね。