おたく、ヤンキー、ブロガー、2ちゃんねら。

そこにいる若者たちがすべて同じように見えてきた。

そこに見えるものは「自分の小さなコミュニティに文化をつくり共有したい」という幸福追求のロールモデルである。
 ここで用いる名詞、オタク、ヤンキー、ブロガー(主にはてな村)、2ちゃんねらは、僕の中でステレオタイプなイメージ像を指すものと理解していただきたい。
 こんなオタクだっているじゃん、ではなく、たとえばオタクであればフィギュアやアニメを愛し萌えーと叫んでいるようなイメージだし、ヤンキーであれば暴走族でブイブイ走るような暴力的な人間性を持つ人、はてな村であれば社会問題から書評、はてなの機能までをブクマや記事を使って討論するようなイメージ、2ちゃんねらは便所の落書きと呼ばれていたようなすさんだネットの側面を想像してほしい。これがブロガーと言ってもヤフーだとグルメレポートや育児レポートなんかが目立つし、アメブロなんかだともうアイドルのブログばかりでテレビメディアの延長にある印象であるため、ブロガーははてなサービスを使っているブロガーに限定すると話がスムーズに行くかもしれない。

これらの人間のコミュニケーションに共通することとして、親密さは別問題としてコミュニティをつくること、そこで自分たちしか通じないノウハウを持ってコミュニケーションすることがあげられる。

例えばオタクであればジャンルごとに「絶対領域」だの「アホ毛」だの一般人が聞いたら全くわからない言葉を共有する。

同様にヤンキーの中でもぶっ込みだの飛ぶだの愛羅武勇だの不思議なノウハウや用語が存在する。

ここで前の文に「親密さは別問題」と書いたのは例えば2chやブロガーなんかだとそこに書き込むもの同士が仲良しでも面識があるわけでもないのに、その機能を使うという前提から自分たちのコミュニティでしか通じない言葉を使おうとする。果てなであればはてブ、ホテントリなどの機能を表す言葉から始まりくねくねだのバキ逃げだの枝葉の言葉まで。2chでは今は懐かしい「逝って良し」から始まり「ぬるぽ」「ガッ」というコミュニケーションのノウハウまで生まれた。

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ここでそれぞれの特徴をノウハウのつくり方が創造的か破壊的か、活躍のフィールドがリアルかネットかで分類してみた。ここで言うノウハウは暗黙の了解と解釈してくれてもいい。たとえばはてなはプログラマの利用率が高い印象があるため、そのノウハウの作り方も創造的である傾向がある。一方ヤンキーなどは既存のルールを破壊して自分たちの文化を創ろうとする破壊的傾向が見られると考えた。あくまでもステレオタイプに分類してみたものである。

それぞれそのコミュニティで円滑にコミュニケーションを取るためにはそのノウハウを踏襲することが一番近道である。と判断すると同時に、その暗黙の了解をつくり出そうとする動きが若者の間で増えてきたんじゃないか、ということに気づいた。文化や思想の多様化の本質はここにあるのではないかと思うのだ。

例えばインターネットが整備されたことで地域など関係なくコミュニティをつくることが可能になった。これによりコミュニケーションを取りやすくなったとともに、自分のコミュニティ規模を管理しやすくなった。鈴木謙介氏が携帯電話でつながりが可視化されたと指摘していたが、mixiなんかのSNSサイトがその象徴であり、マイミクするか否か、日記に書き込むか否かなど人間同士の親しさに段階があることが可視化されたのだ。

この議論が成り立つためには、従来の文化に対して従順な人たちがいることが前提となるのだが、いわずもがな道徳を進める教育審議会を始め、法令遵守の推進、カルチャーファーストなど文化(やルール)に従順であれという思想を持った大人たちは経験からもかなりの割合でいるのではないかと考えている。

 次になぜ幸福追求のロールモデルとして自分のコミュニティをつくり文化を共有しようとする風潮が生まれたのか。
 これは鈴木謙介氏がカーニヴァル化する社会の中で相互監視社会と不安社会という要因を挙げている。もし若者が従来の文化やルールに従うことができない場合、ハイリスクな集団の中に位置づけられてしまう。位置づけられた後は排他的な対応をされる。
 そう仮定した場合2つの場合が浮かび上がる。一つは排他された集団が自分たちの文化をつくった場合、もう一つは排他される前に牽制として自分の居心地のよい集団を先に集め自分たちの居心地のよい文化をつくっておくという選択肢を選んだ場合だ。

このハイリスクな集団というのは例えば発達障害を持つ人たちも含まれる可能性があり、非常にデリケートな問題へと発展する。

問題はこの自分たちの文化を創ろうとする若者たちにどう対応するかである。

彼らをハイリスクな集団として更正するか、彼らを創造的な集団と見なして対応するか、その地域や若者の特性を考えながら対処していかなければならない。