今夏に読んだ本の中でも最高傑作だったので紹介したい。

1999年に書かれた本であるが、未だ色あせていない。

丁寧に文献をまとめ上げ、事例だけでなく統計を用いて誰もが納得できる一冊。

日々叫ばれる俗流若者論のごとくノスタルジーに浸り若者をハイリスクな集団としても誰も得しないどころか若者が傷つく。次は誰がこのような若者を育てたかという責任のなすり合いとなる。

書評では触れないがそこら辺の原因についても言及されている。つべこべ言わず目を通してほしい。教育の何が変わり何が問題なのかがそこに明示してある。

本書は著者広田照幸氏による仮説検証の報告である。
仮説は以下の3点
イメージ1-A…昔は家庭のしつけがきびしかった。
イメージ1-B…最近はしつけに無関心な親が増加している。
イメージ1-C…家庭は外部の教育機関、特に学校にしつけを依存するようになってきている


答えは本書を見てもらうとして、いくつか重要な要点をあげておきたい。

1.農村か都会か。
 まずしつけについて考えるとき、社会は一概に語れない。言われてみれば当たり前だが、欠けやすい視点である。本書で取り上げているのは農村と都会の子どもやしきたりをはじめとしたシステムの変化である。これがしつけやひいては教育と重要な関わりがある。

2.教育の成果に一番関連があるのは経済状況である
 教育手法や教育機会がいかに洗練され増加しようとも、一番教育の成果に強い影響があるのは親の経済状況であるという。家庭が貧困層であるか、中産階級であるか、裕福層であるかなど、経済状況により子どもにかける教育費や教育コストなどは数倍変化するという。大阪の教育方針が問題になっているが、大阪は収入格差などが日本でも一番大きな地域らしく、その現状を考えず教師に発破をかけるような政策を行って空回りに終わるかもしくは長期的に続かないことが危惧される。現代は中産階級意識が8割をしめるため、「ごく普通の家庭なのに」と問題を見えにくくしている。
経済的な面も含めた教育環境の充実こそ重要な問題である。

3.「児童主義」「厳格主義」「学歴主義」
 本書の中で一番興味を引いたのがこの3主義。
児童主義とは子どもが純真で無垢であることを賛美するもの
学歴主義とは教育、学歴をつけることで子どもが無知な状態から脱却するという考え
これらは一見矛盾するが、その間に厳格主義と呼ばれる考え方が存在する。
「厳格主義とは「純粋=無知であるが故に早期から厳しくしつけや道徳教育をおこって、ちゃんとした人格や生活規律をみにつけさせようとするもの」である。
 これは今現在も学校や社会に依然としてみられる3傾向であると考えられる。
また童心主義と厳格主義とが子どもの人格形成を重視するのに対して、学歴主義は知識習得に重点があった。

4.教育の黄金期はあった
 本書のおもしろい所はこの一節を言い切ったところである。
進学率の上昇、社会構造の変化、教師の信頼として、高度経済成長期は学校の権威が一番会った時期であるという。
だからといって教育が一番全盛だったといえるわけではない。
 

5.問題は教師と保護者の関係性
 本書では、問題は教師と保護者との関係性であるという。教師が尊敬され崇拝されていた時代もあれば、今のように過剰な期待を寄せてしまう時代もあり、絶対的には変わっていなくても相対的に一般の教師にさえダメ教員の烙印を押してしまう教育評論家もいる。これは、教師や保護者の質の変化ではなく、教師と社会とがどれだけ信頼関係があるかという関係性の変容であるととらえることができる。教育不振の問題は「教育不振」や「不祥事」ではなく、世間が「教育不振」と思いこみ教育者を信頼しないことにある。
教育やしつけは協力なしにできないのだが、どちらが責任を負うではなく、社会全体がコミットするように、偉い人たちは声高に叫んでもお互いがお互いに期待ばかりを寄せているため、届かないのが現状である。

6.課題
 本書の読者対象は教師や教育学・教育社会学研究の者をはじめ、実は保護者も含まれている。
 最後にまとめている問題点として、しつけの衰退という危機感を持つこと、いい親であろうとするプレッシャーが逆に教育をよくないものにしているという指摘がなされている。教育に熱心すぎてもダメ。適切な関わり方があると気づかせてくれる。また筆者自身も子持ちで子育てに悩む存在であり、人間味溢れる後書きも魅力的であった。

最後に、言葉を見つけたのでリンクしておこう。
広田照幸 『日本人のしつけは衰退したか』 心に残る名言集