先日の記事を書いてから、「実際のとこどうなんだろう?」と思い以前買って読まずにいた蔭山先生の本を読んでいる。

学力の新しいルール」という3年以上前の本なのだがこれがまた面白い。
事例ではなくデータを用いて例えば生活習慣や政策などのあらゆる要素と学力との相関を示している。

いまだに「個性」とか「楽しい授業」とか大声で言ってる人たちはぜひ読むべきだ。

その中でいくつか印象的だった言葉を紹介する。

P.66「個性は苦しい努力の向こう側にしかない」より
 最も問題だったのは、個性尊重という概念の解釈と運用です。
もちろん個性を尊重するということは当然のことです。何も悪くはありません。しかし、能力の低さも個性のうちと理解されたことで、指導が迷走をはじめたのです。

(中略)

 この個性尊重の考えは、危険な考えに思えました。それで、よくこんなことを子供たちに言いました。
「笑いながらでもできるものは誰でもできるものだ。それを個性とは言わない。人がそう簡単にできないことができるから個性なのだ。つまり、個性は、苦しい努力の向こう側にしかない。だから苦しめ」



P.70「楽しいだけでは問題は解けない」より
 次に問題だったのは意欲と学力の相関関係です。
 これからの時代は、知識がの量は問題ではなく、意欲が問題だと言われました。私から言わせれば、これも現状分析がない典型的な対処療法でした。意欲がないのは、子供たちの生活習慣の崩れから来るものです。ですから、意欲を持たせるためには元気にしてやらなければなりません。また、意欲を持たせる学習指導上の工夫は、いろいろありますが、それを支えるのは基礎的な力です。ここがなけれが最初は良くてもやがて行き詰まります。

(中略)

 当たり前のことですが、意欲だ、知識の量だと抽象的な言葉で議論していると、とんでもないところへ結論が行ってしまうのです。
 詰め込みと言われようが、受験学力と言われようが、九九は覚えさせなければいけませんし、漢字はきちんと読み書きできるようにさせなければいけません。指導の仕方の上手下手以前に、まずきちんと指導しきらなければなりません。


数年前にこれほどわかりやすいデータと意見が述べられているのに今更大阪などの政策に反映されて、その表面だけみてワーワーわめいている僕ら一般人はまるでピエロだ。