2007年12月

[最近読んだ]酷評は名誉毀損

ブログの辛口評価は事実でも名誉毀損

→昔名誉毀損侮辱罪の違いの話を見たことがある。
人前で事実を言って社会的評価を下げた場合が名誉毀損。
人前で適当に言って社会的評価を下げた場合が侮辱罪。

足が短くて仕事の成績が悪い人に対して公の場で
「お前は足が短いし、仕事の成績も悪い!!」
といわれると大方事実なので名誉毀損。

「お前はアホでまぬけでぶさいく」
と、抽象的な(客観性のない??)表現を用いると侮辱罪のようだ。

最近読んだ本が微妙すぎて自分では辛口に書評しちゃったからなぁ。
本BLOGは事実無根ですとでも書いておくべきなんだろうか…
読者数も少なくまったく影響力がないので安心はしているのだけれど。。。

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書評-「人間力」の育て方-

いやー暴論・愚痴・一般論の復唱。

ないわ? 笑

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[社会問題]生徒殴った教諭、書類送検

生徒殴った教諭、書類送検
福岡県警戸畑署は7日、北九州市戸畑区の市立大谷中学校で授業中に2年生の男子生徒(13)を殴りけがをさせたとして、傷害容疑で男性教諭(52)=北九州市八幡東区=を書類送検した。

 調べでは、教諭は10月25日、技術・家庭科の授業中に漫画を読んでいた生徒にやめるように注意したが、従わなかったため、顔面を平手で数回殴り、けがをさせた疑い。

 生徒は鼻血を出して吐き気を訴え、病院で手当てを受けた。教諭は「つい手を出してしまった。申し訳ない」と話しているという。


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縦×縦÷縦×横

事件は現場で起きてるんじゃない、隣の部屋で起きてるんだ!!

僕のいる研究室のすぐ隣の部屋の奥村先生のBLOGより
縦×横?横×縦?

ある方からのタレコミ。小4のお子さんが学校で長方形の面積を横×縦で計算したら減点された。学校に問い合わせたら,担任にも教務主任にも縦×横が正解と言われたとのこと。横×縦でも同じになることを自分で見つけたならば褒めるべきところを減点するようでは,創造性を伸ばすなというようなもの。

さて、これに対し小学校算数の学習指導要領では、

第3節 算数
第1 目標
 数量や図形についての算数的活動を通して,基礎的な知識と技能を身に付け,日常の事象について見通しをもち筋道を立てて考える能力を育てるとともに,活動の楽しさや数理的な処理のよさに気付き,進んで生活に生かそうとする態度を育てる。


大事なのは基礎的な知識と技能を身につけた末に進んで生活に活かそうとする態度を身につけさせること。

話はそれるけど、小学生で気づくべき数理的な処理の良さって何なのだろう?

とりあえずTOSSじゃね?と思って調べてみたけど、確かに表記はすべて縦×横か一辺×一辺年か出てこなかった。説明の流れ上で縦×横じゃないと都合が悪いのかと思ったけどそうでもないらしい。

さて、BLOGコメントはみんな子どもの成長に繋がったかと言う点と先生の態度的にどうなのという類の2種類に分類できると思うが、

問題提起にはもっとめんどくさい問題が含まれてるんじゃないかと思う。

それは単純に学校の事務処理だ。

先生がそれを減点したのは、「採点の負荷を軽減する」という視点である。

みんなが同じ解法で計算していれば、答えが合っているかも解法の中で何が間違っているかも分かるのである。

採点だけじゃない。教師には子どもに対する事務以外にもこなさなければならない多くの事務処理があるのだ。

大人なのだから、仕事なのだからそんなのあたりまえだし、ちゃんとやれと言う指摘も多く見られるが、考えて欲しい。人間を相手にする仕事の大変さを。
教師の仕事は毎日40人で会議するものだと想像してみてほしい。

教師の日常の仕事の負荷については方々から指摘されているが、政治も地方自治体もまったく取り合わない。であれば、自分たちから負荷を少なくしていくしかないのである。

というめんどくさい問題が見えてこないだろうか。いやあくまで想像だけど。

事務の負荷を削って子どもに指導する時間を増やせと言われているのに、子どもに対する事務の負荷を削って事務に掛ける時間を増やすという本末転倒で不思議な現象が起きてしまったとしたら、そちらの方が深刻だ。

それに合わせて学校は世間からのバッシングをおそれて教務主任ごとつじつま合わせに走ったり。



何が言いたかったのかっていうと、学校って教育の効率化のためにある組織です。
近所に住む100人が100人で30分掛かって毎日食事を作るよりも、料理専門の人が5人いて食事を用意した方が効率的だ。95人は30分も時間に余裕ができる。

それと同様、学校も親が子どもを教育するよりプロが教育する方が理にかなって効率的だった。
少なくとも日本の学校はそうやってできたように思える。

だがその効率化のための施設が非効率的だという問題に直面していることこそ問題ではないだろうか。
本事例が当てはまるかは別として。

[最近読んだ] 援助と教育と

月刊『マガジン・アルク』 連載コラム『山形浩生の:世界を見るレッスン』 (2006-)
http://cruel.org/alc/


すごいわ。

朝っぱらから久々に山形氏の記事を読んでみたが、いろんな物事に対して本当に分かりやすい書き方がしてある。

もちろん事はそんなに単純じゃないんだろうけど、本当に単純明快に分解して説明してくれる。

特に技術移転と「フランス人の箱」 のエントリーは秀逸だった。

技術を中心とする教育は、師を超えてなんぼだ。

この感覚は師を敬うという感覚としばし矛盾を起こすが、

その本質として人として尊敬することと、自分が成長すること、何も矛盾しない。

世界が複雑になればなるほど、教育もそういう姿勢を持たなければならない。

出る杭は打たない、モラルばかりを求めるのではない、新しいモラルを作る寛大な教育が求められる。

[最近読んだ]大人と子どもしかいないの?

面白い記事を読んだ

暴論:「大人」は免許制にしたらどうかより
大人として扱うかどうかを年齢だけで決めるのはどうも具合が悪くないか?いっそ免許制にでもしてしまったらどうだろうか、と。

年齢でってことは、大人の対岸にいるのは子どもである。
たぶん、そんなのはエリート主義だとか、憲法違反だとか、政府の責任を逃れさせようとしてるとか、いろいろな意見があると思う。コストはどうするんだとか、それ自体過剰な規制だとか、中途半端なお墨付きはかえって危険だとかいう懸念もあるだろう。


そんな反論はまったく考えないが、この提言には全面的に同意しかねる。
その根拠は、”いつから大人はそんなに偉くなったのか。”である。自分を大人と思っている人たちはいつから自分が大人であると感じ、子どもを見下げるようになったのか覚えているだろうか。子どもの頃、先輩や大人に対して「自分より先に生まれただけのくせに」と感じていなかっただろうか。

これはつまり、大人か子どもかの二元論じゃなくて、領域の問題であると認識することから始まる。
この間高校の先生に、「高校生は大人か」という議題に対し意見を求められた。私は大人であると応えた。中学校を卒業した段階で普通教育、すなわち皆に必要な教育は終わっているはずである。それからは社会の流れとはいえ、自分の責任で人生の進路を選択する。ほとんどの子どもが進学を希望する。
つまり、山口氏の言う少なからず自分の能力と責任を考えた上で自由に選択した"大人"なのだ。

だがこれには補足が必要で、彼らは"子どもよりの大人"である。領域の問題といったとおり、子どもと大人は地続きで、彼らは子どもに近い大人という立ち位置である。
もっと言うと完全な大人な大人なんていないんじゃないか。
私も成人式は結構前に迎えたが、いまだに自分を子どもよりの大人だと思っている。大人になっても成長することを忘れてはいけない。

そして誰を持って完全な大人(つまり最終的なゴール)だと言い切るのかをまず問いたい。

理想の大人像とは、菩薩か、釈迦か、ブッダか、ゼウスか、マリアか、キリストか。まずそれを社会全体として示すべきだろう。が、今の日本では候補が上がったとしても、その統一はほぼ不可能ではないだろうか。マスコミや教育界では現状の問題に対処する教育が主流になり、例えばタバコや飲酒、薬物など、「しないこと」ばかりが大人の道徳・モラル力として取りざたされている。

しかし考えてほしい、本当の道徳力ってなんだろう?大人になるって何をすることだろう。

答えは単純で、悪いことをしないことではなくて、いい事をすることではないかと私は思う。

免許制は悪いことをしないよう禁止する行為でしかない。
しかし国民が求める大人は、"人のためになることをする人"であることではないだろうか。

むしろ免許ではなく勲章が必要なのだ。それも名誉だけでなくメリットつきの。あなたはいい事をしました、だから優遇しますよ、と。

例えば電車の中でよく席を譲ってくれる人は、電車賃を少し割引します。とか、その程度の話を想定している。

もちろんその勲章の判断基準も難しいが、少なくとも大人免許よりは複雑なものにはならないはずだ。

もう一つ、最近あった事例を話しておこう。

電車に乗って津に帰っているときのことだったのだが、おばあさんが駅を降りるとき、上のあみ棚から荷物を取ろうとしていた。
しかし、イスの上に乗っても身長が足りずがんばっていると、向かいに座っていた青年が荷物を取ってあげたのだ。

言い訳がましいが僕は寝起きで状況を把握できず動けなかった。そしてその青年はいい事をしたなぁと優しい気持ちになっていたら、変なおじさんが、酔っ払ったかおをして、あろうことかその青年の隣の男性に「あんたなぁ、だまっとってもあかんねん、手伝どうたらな!」と一言説教してその車両を後にしていった。

その時点で、あなたは隣の男性を叱るのでなく青年を褒めるべきだと後味悪く思っていた。だが、叱られた男性は別の駅で電車を降りるとき、足を引きずっていたのだ。彼が本当に足を汚していたのだとしたら、あの状況で、動きたくても動けなかっただろうに。もどかしい上にさらに親切にしろと言われる始末。

このことから親切の押し売りもNGだと主張したい。
本当に純粋に善意からの自発的な行動を評価することが望ましい。

戦後からモラル低下が叫ばれて久しいが、その対処として日本には褒めて伸ばすと言う教育が浸透していない印象があった。もちろん僕の記憶からの話なので、この十数年でおそらくそれらは改善されているだろうと思いたい。むしろこの寛容で褒める態度こそ、教育者だけでなく大人がみな持つべき態度であると私は考える。 続きを読む

書評-ウェブ炎上-



ネットワーク社会化に伴い、インターネットのリテラシーをどう考えるべきか悩んでいたところだったが、ちょうど良い本を手に取ることができた。

とかいっておくとかっこいいだろうか。


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書評-13歳からの「人を動かす」-

得たものはカーネギーの名言。

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学校教育は一人ではできない

>独学に勝る勉強はない(1)
独学に勝る勉強はない(2)
独学は一人では出来ない
学校教育は絶対必要


→教職課程の俺が答えますよっと。
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[最近読んだ] 携帯小説

ここしばらく読みためておいたものをとりあえず書いておく。

ケータイ小説を理解できない人間は既に老害化しているという衝撃の事実

life is beautifulの中の人がファーストフード化するコンテンツといっていたが、まったくその通りだと思ってしまった。
試しに恋空-wikipedia-を読んでみたが展開が唐突過ぎる。
別にこの文化を否定するつもりも排他するつもりもないが、
ファーストフードのような文章ばかりを食べていても体(心)に良くない。
しかし悲観すべき事ばかりではない。
この文章で感動できる人たちが多いということは、
日本はまだまだ情操教育が十分機能していると言うことだし。


参考:恋空をつっこむサイト
   「恋空」があまりにも酷い件について
   【縦読みたくさん】amazonの「恋空」のレビューがひどい件
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