2008年03月

引っ越し

引っ越しをした。

関東圏に越してきた。

春から働く、今まで住んできた家に別れを告げた。

少しの間更新ができなくなります。

すぐ環境を整備しますのでよろしくお願いします。

CFBA発足のお知らせ

Creator First! Bloggers Allianceというサイトが開設された。ありがたいことに前に創ったロゴを使っていただき丁寧にトラックバックまでいただいた。

CFBAの目的は政治活動として行うわけではなくあくまで意見交換という。一つのポータルとして普及してもらいたい。自分はまだまだ論客として未熟なので、建設的な意見を主張することは難しいと思うので、できることといえばこのように普及に携わること位だ。

自分が何より貢献したいのは"人と人が健全な人間関係を築く社会"である。そのために知的財産という問題一つをとっても落としどころの整備が必要だと考える。

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大事なのは信頼をつくること-書評-バカ親、バカ教師にもほどがある

「教育者」の仮面を被ったバカは即刻退職すべき

論考の出来ない人間は、少なくとも担任になるべきではない。現前の問題に対し適切な解決能力を示すことの出来る優秀な人間こそが教育者となるべきであって、「あー就職できなかった!!もういいや、がっこーの先生になろお」とか、そういうアレな気持ちから成るべき職業ではない。

もっとも、学校教育に関しては、何が学校の責務で何が家庭の責務なのか分かっていないと、何でもかんでも学校任せにするバカ親が出てくるので、それがまた難しいのだけれど。
確かにやられた仕打ちはひどいかもしれない。それでも攻め方を間違える事は避けたい。実は主張しているようなフィルタリングはあまり意味がなくて、教育を語るとき、このような憤りによるすれ違いこそが悲劇の元だということを知らねばならない。

そこで紹介したいのがこの一冊。

東京の駅で買った一冊。地元の駅でも売っているのを確認したが、手軽に買える本の割に素晴らしい出来映えであった。

本質を突いている、抽象的な話から具体例まで押さえている上、さらに多くの人に分かる言葉で書かれている秀逸な本。
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技術がルールを作るのに人は技術を軽視している

後輩と議論になったのだが、技術から法律は作られるものだ。

車という技術から道路交通法が整備されたし、職業の技術として教育技術や医療技術をあげれば、医師免許や教員免許もある程度技術的ノウハウが体系化され蓄積されてきたからこそできたもの。今話題の著作権法や知財法だってコピー技術・制作(製作)技術の進化の結果だし、水道法、通信法もそうだろう。逆に技術がないからという理由で未成年禁止法なんてのもある。

"技術"のありようが法律のベースになっている。ぱっと考えれば分かることだが、これに対して僕らはどれくらいの自覚があるだろうか。

例えば学校カリキュラム政策では科学や数学に力を入れるばかり、分析ばかりで肝心の技術に対する教育はほとんどなされていない。豊かな人間形成を謳っているがその実は真逆な事をやっている。

結果分析ばかりに主眼をおいた教育がなされた親世代たちは、「創り出す」とか「試行錯誤」とか「成長」とか「教育」といった他への働きかけの意識が薄れ、そこにあるものを分析しては「当たり外れ」や「善悪」で判断するようになったのではないか。

もちろんこれは一部の人のみにあてはまる考え方なのだけど、例えば学校と親のつきあい方が変わったという話を書籍でも現場の一部の先生方からもよく聞く。

現代の親たちの一部は、そこにあるもの(例えば教師)が自分の基準より不足していたとき、変えようとか育てよう、成長させようは思わない。取り替えてという「消費」感覚なのだという。

大量消費時代といわれるように、作るより買う方がコストも手間もかからずいいモノが手に入る。生産という概念もどこまで理解しているか分からない。

「人」「もの」「環境」をつなげ、働きかける「技術」とぴうものをあなたはどれだけ学んだろうか。

なお、学校の教育で「創る」授業は二つだけ、「美術」と「技術・家庭」であるが、言わずもがなこの二つはないがしろにされている。時間数も予算も。しかし教育の世界では創造活動が人格形成に非常に重要な役割や効果があることは昔からの常識である。

なぜそれが普及しないか、時間が増えないかと言われると進学や就職のための学力教育へのニーズが大きいためであり、その先に「進学や就職には人格は必要ない」という社会のシステムが潜んでいる。

となるとこれを改善しない限り、これからも悪法はどんどん出てくるだろうし
、今は上手くバランス取ってくれる人が沢山いるからいいけど、そのうち僕らは息苦しい社会で生きていく事になる。

今やるべきは教育の室をあげることではなく教育のシステムのバランスを再調整することなのだけど、そこに焦点を当てているのは現状では一部の教育研究者だけだ。

確実に言える事は、「技術は社会を変える」。
その自覚を社会にどのように促すべきか、しばらく考えてみたい。

メタ科学-書評-仮説力

99.9%は仮説が怪著であったためか本書は正直ちょっとがっくり来た。
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愛の誤謬

誤謬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


誤謬(ごびゅう、英: Fallacy)とは、論証の過程に論理的または形式的な明らかな瑕疵があり、その論証が全体として妥当でないこと。論証において、誤謬には「形式的」なものと「非形式的」なものがある。


ちゃんとした手続きを踏まないと、同じ「愛」の証明でも恋人になるかストーカーになるかって話でおk?

善意のインフルエンス

 先の「自分探しが止まらない」を読み終えてまもなく、またmixiで犬の貰い手を探しているという日記が増えた。ペットショップがつぶれて血統書付きの犬の貰い手を探しているというものだ。

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自己啓発は一種のドラッグだ-書評-自分探しが止まらない

またまた後輩の書架から拝借。ここに来て僕の自分探しの旅はやっと一周した。

とりあえず記事を書くに当たってここの言及記事を全部読んだ。GOOGLE検索での数ページやトラバも一通り目を通した。途中IEが悲鳴を上げ画面が壊れた。こちらには夢をかなえるゾウの話も出ている。資料をまとめて本をまとめると言う作業はこれの何倍もつらいのだなと考えると泣けてきた。本書を読むより時間がかかったんじゃなかろうか。著者に大きな拍手。「自分探しが止まらない」さがしが止まらないが一息つきたい。
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自分が成功するたった一つの方法-書評-夢をかなえるゾウ

後輩の書架から拝借。300P今日にも及ぶ超大作。いい意味で、象マジウザイ(笑)

イメージとしては声はキムキムにーやんの関西弁をしゃべる象。>2ab3c3b5.png





それにしてもこの象、嘘つきである。

タイトルについては一番最後に言及する。





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長いエントリーは一言で言いたいことを言えるようにすればいいと思います。

すごい長いエントリ
長文エントリは書く人も超人だが、反論する人も超人だなとよく思う。自分などは長文エントリを読んでいて、途中でいくつか変だと思うポイントがあっても読んでいる間に忘れたりどーでもよくなってしまったりするから。もしかしたら長文エントリの方が反論されにくかったりするのだろうか。


[後で読む]は読まない。長いエントリーは書くのやめよう。
自分でブログを書いてると、短くて不安になることがある。他に言いたい事や説明や例えを入れたくなって長いエントリーを書くことが良くあります。

逆に読む立場で考えてみるとブックマークした[後で読む]やfeedに流れてくる長い文章は、有益そうでも面倒で読んでいない事に気付きました。難しい言葉を使ってると特に。理解するのが面倒になるんだよな。他の人はいつ読んでいるんだろう?

という事で長い文章を書くのはヤメるよう頑張ります。画像とか多様するなら良いと思います。


長いエントリでも短いエントリでも結論が明確であるか。それを最初にちゃんと示して言わんとしていることがわかるかどうか。読むかどうかはタイトルと結論次第だと思います。起承転結の物語口調で語ると、読んで反応するか読まないか、二極化しやすいですね。 続きを読む
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