技術教育

技術・家庭のはてなキーワードがひどい

タイトルは半分本音、半分釣り。

技術・家庭とは - はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%BB%BD%D1%A1%A6%B2%C8%C4%ED

中学校の科目の一。

名前の通り、「家庭科」で行われていた内容の拡大発展版。

「家庭科」の目的は名前の通り日常生活(家庭生活)を行う上で必要な衣食住の知識を身につけることにあるが、このうちの「住」の部分を拡大発展させたのが「技術」の部分だと言える*1。

詳細は中学校学習指導要領?第2章:各教科?第8節:技術・家庭等で熟知すべし。



だそうだ。技術科は、家庭科の拡大・発展・延長でもなければ家庭生活のための教科でもない。が、一般的にはそういう印象を持たれているということだ。また「教科」でなく「科目」という言葉が使われているのも正確ではないだろう。

更新しようと思ったがはてな市民という権限がないとだめらしい。

wikipediaも調べてみたが、こちらは非常にシンプルで的確な内容であるが、更新されていない模様。目的と内容が新しい学習指導要領に対応していない。

と言うわけでキーワードを編集すべく草稿を起こしてみた。思い切り主観バリバリでかいている。コメントをいただければと思う。

追記:編集しました
はてなキーワード「技術・家庭」を編集しました - 技術教師ブログ 続きを読む

特許と著作権は本質に近づくか

特許法:抜本改正へ 技術「保護」から「促進」に
 特許庁は1959年の特許法制定以来、初めての抜本改正に乗り出した。現在の特許法は企業の研究開発成果などの保護を主な目的としているが、「革新的な技術の開発を促すための法律」との位置づけを明確にし、さまざまな改正を検討する。12年の改正法施行を目指す。



著作権者の了承不要、「二次利用」拡大を検討 文化庁
 文化庁は社会的に必要性が高ければ著作権者の了解を取らず音楽や文章などの二次利用ができるよう、「フェアユース(公正利用)」の規定を著作権法に盛り込む検討に乗り出す。規定ができると、インターネットの検索サービスなどが展開しやすくなる。早ければ2月末から文化審議会の法制問題小委員会で議論を始め、1年間かけて結論を出す予定。

 どこまでを「公正利用」とするか、権利者と利用者側の解釈に隔たりがあり、文化庁は難しいかじ取りを強いられそうだ。(07:00)



特許も著作権も「知的財産」という概念にまとめられて初めて抜本的な改正が行われる。プログラムも特許として認められるなど細かい変更はあったものの、その多くが権利の保護(おもに利益の保護)を目的に、その教育も多くが教条的なもの、学習者がネガティブな感情を持つモノであると報告されてきた。

真似すること自体なにも悪いことはないのに、この法律のおかげで不当な制限を強いられてきた事例も散見されるだろう。

基本的に情報は共有されるべきモノだし、特例として特許や著作権がある。文字通り「特別に」情報の帰属を所有することを「許される」権利である。(多分文章的に厳密ではないがイメージである)。

コカコーラやケンタッキーは特許をわざと取らず調理法を秘密にしている。情報は公開し新たな要素の追加や改良を加えることで社会や産業は発展する。情報共有のために情報を公開したインセンティブとして特許法は存在するわけで権利の保護はその表面でしかないし、競争でなく共に発展する事を目指してのルールであったはずだ。


 恩師の話で知ったのだが、この知的財産権の起源は農耕社会にあるという。
農耕社会における所有権概念の発生の基礎は、所有権者個人を保護することによって、まず社会構成員のそれぞれに農耕、農業投資へのインセンティブを与え、究極的にそれを通じて社会全体の農業生産の極大化をはかることにあった。また、農業社会が工業社会へと発展すると、特許権等の知的財産権が観念され、特許権者等の権利者個人を保護することによって、個別の社会構成員に発明等、新規テクノロジーへの投資のインセンティブを与え、究極的にそれを通じて社会全体の工業生産の極大化をはかることになった。このように考察をめぐらしていくと、近時脚光をあびている知的財産権概念も、基本的には、土地所有権概念とその構造はパラレルであって、同じ社会的な基礎を有していることがわかる。



 問題は「自分の手を加えず人の作ったモノでお金を稼ぐ」という行為だ。このアナロジーでいえば他人の畑でとれた野菜を売るようなモノである。
 農業のノウハウは共有すべきであるが、できあがった野菜を取るべきではない。
 海賊版やデッドコピーが無くなれば皆特許を取らず情報を公開するとは考えにくい。考えにくいが社会の発展は加速するだろう。
 宮台真司氏が言うように「これ以上資本主義が発展するにはみんながいい人になるしかない」という言葉が思い出される。

※どうやら平田先生のブログで誤解されていたようなので編集・追記しました。基本的に言いたいことは同じです。またご指摘いただければと思います。

よい講義ができてもよい教育ができたとは限らない

本日は自戒を込めて。

授業というのはいくつかの要素、もしくはフェーズからなる
教師の目線に立つならば
1.導入…本時の説明、目標の提示、動機付け(ARCSモデル)など
2.講義…基礎知識の提示・伝達、応答、確認など
3.指示…書き取り、読み取り、実験、生産的活動などをさせる
4.まとめ…要点の振り返り、評価(する/させる)
と言うのが一般的。

2と3は繰り返すことも多く、数学であれば知識を伝達して3.解いてみよう→2.解説→3.解いてみようという授業がベースではなかったか。


 授業中によい講義ができたと感じることがあるかもしれない。
 たとえば、自分の態度を見直すよう説教をしたり、コミュニケーションについて説いたり、勉強法を教えたり、教科を通じて道徳的な教訓を伝えたり、さまざまな講義を行ってきた。しかし、その場で学び手が良い反応を示したり、感銘を受けても、それが知識もしくは概念として定着→行動に反映されなければ意味がない。

 教科を好きになってほしいと満足度の高い授業を行う教師も最近は増えてきた。講義の質は研究の蓄積により確実に上がっている。一方で大事なのはその授業後のフォローではないか。
 好きになる→自分で繰り返す→定着→理解深化やあらたなモチベーションというループが回るからこそその授業を行う意味があって、楽しかったね、で終わり好きになる→知識の定着までのフェーズが進んでいるかを考えなければならない。

恩師から、詰め込み式教育の最大の問題は詰め込めていないことだったという指摘を聞いた。量から質へ、知識から活用へ、将来的にでもよい、これらが両輪として作用するよう教員は配慮をしなければならない。それができないのではその講義は学者のエゴだ。ゆとりから詰め込みに表面上変わったところでなにも解決せずまた無駄な20年(学習指導要領の改変)を繰り返し続けるだけだろう。

道具が自分のために何をしてくれるものなのかを自覚した上でふれていく -書評-12歳からのインターネット

現場としては、こんな本を待っていた。

中学生を対象にメディアリテラシーを教えるとき、大いに参考にさせてもらった。

荻上流メディアリテラシー、メールの作法、荒らしへの対応の仕方、オレンジの袋文字。書いてある内容自体は当たり前のことなのだが、名言集と呼べるほど見所は非常に多い。

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愛読ブログを公開してみるテスト

ネタがないというわけではないが、いくつかいつも購読しているBLOGを紹介してみようと思った。

今日は教育関連で、特に研究系・現場系を3つずつ紹介したい。 続きを読む

考えないと後が怖い?教育に関する10の違和感

yahooカテゴリ教育社会学教育問題を眺めているとなるほどと思うと共に、だんだん違和感を感じてきたので書き留めておく。いろいろ勉強できるいい機会となった。


「コピーライターとしての資質を一瞬で見抜く」ための、たった一つの質問
この話、逆に言えば、「クリエイターになりたい人」は、聞かれたときにすぐに「自分の好きな○○」を10個くらいは挙げられるように、しかも、その10個が「自分のベストチョイス」になるように、日頃からトレーニングしておかなくてはダメだ、ってことなのですよね。


と言うのが話題になっているので別にクリエイターでもないけど、しかも好きなことでなく問題点についてだけど、せっかくなのでトレーニングがてら乗っかって教育問題10個を目安に答えられるようにしておきたい。
と言うわけで以下をあげてみた。

1.学力問題
2.道徳問題
3.過労問題
4.教員志願者減
5.保護者問題
6.カリキュラム問題
7.歴史問題
8.予算不足
9.無意味なシステム
10.戦争国家化する懸念


記事を書くためにひたすらググった。リンクが多い事については勘弁して欲しい。また統計は専門外なので細かい部分の数値の妥当性が低いかもしれない事についてはご了承・ご指摘願いたい。 続きを読む

教育現場はコネ不足

最前線で楽しまれている方は良く言われるのですが、それが意外と簡単じゃないんです。言うはやすし、行うはキヨシ難しというか。

学校の授業ってもっとおもしろくできるだろ
 何が違うかと言うと、きちんと楽しませたり、モチベーションを維持させたりというゲームデザインがしてあるかどうかで、ここを埋めてやれば学校の授業だって時間を忘れて没頭できるものにできるはず。

 勉強ができないのは、生徒のせいもあるかもしれないけど、授業がつまんないからというのも大きいと思うんですよね。誰だって、クソゲーを何時間もやるの苦痛だもん。
 苦痛に耐えて忍耐力がうんぬんと言う人もいると思うんですが、モチベーションが高ければちゃんと楽しみながらだって忍耐力つけられるんじゃないかなあ。だってあんなにアホみたいに難しくて、めちゃくちゃ苦しめられた大魔界村も、血のにじむような努力をして、最後はクリアできたし。



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自分探しをしている君たちへ

技術教育のすごいところは教育内容とその考え方が自分自身を見直す『型』として機能することだ。システム思考なんかはその最たるものなんじゃないかと思っている。

山脇与平によると「技術」には内側と外側の二面性があるという。

内側とは、純技術性(自然性)。物質性や規則性、許容性、動力性、制御性など。

外側とは、社会性。経済性や生産性、手段性や歴史性など。

技術とはなんだろうか。これも色々議論があったが、今は「生産のための道具」として解釈される。知的生産も含めればBLOGやはてぶなども技術となるだろう。

この考え型がどれだけ有用かを知ってほしい。 続きを読む

そろそろ方法じゃなくて目的が悪いことに気付けよ

ゆとりだからとか円周率が3から3.14になったとかそんな話はどうだっていいんだよ。


日本国憲法
第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。


教育基本法
(教育の目的)
第一条  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

(教育の目標)
第二条  教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四  生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五  伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

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検索力、要約力、連想力

さんざん言われてきたがWEB時代の勉強法について。

たまになんで勉強するのかについて「学ぶことが楽しいから」と答える教師がいるが、そんな押しつけがましい教育観を選びたいとは思わない。何もせず生きても楽しいが、学びながら生きることが更に楽しい。そこにそういう事実があるだけだ。

インターネットというインフラ整備が完成されつつある。浸透率的な意味で。
「知の高速道路」とも例えられる学習環境の整備にも大きな役割を示しつつある。特に各ジャンル先端分野の情報は手に入りやすく、ブロガーによるさまざまな視点による議論もおおいに役立つツールとして可視化・定着しつつある。

しかし、インターネットやWEBページだけが学習環境や道具になりうるわけではなく、ストック情報は書籍で、フロー情報はWEBでと棲み分けがなされてくる。棲み分けが進むと「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか」でも指摘されていたとおり新聞がその中間・マネジメント層としてバランスを保つまた別の役割が生まれるだろう。

梅田望夫氏がGOOGLEが書籍をデータ化しておりこれから書籍もネットの時代というが、これもバランスを取って書籍はやはり棲み分けの方向に行くと思う。
音楽がデータ化しどこでも聞けるようになっても、レコードもCDも未だに売られているし、記憶媒体としてのMDやVHSもまだまだ衰退の気配を見せない。あと20年たっても数は減れど存在は続けるだろう。

このように学習環境の変化が著しく変わっていくこれからの学校教育では旧来の学習方法+これからの学習方法を教える必要があるのだ。それが検索力、要約力、連想力であると思っている。 続きを読む
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